前回の本連載でも述べたとおり、トランプ米大統領周辺がロシアと不透明な関係にあるという真偽不明の「疑惑」は、「ロシアゲート」と呼ばれる。1970年代にニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件になぞらえたものだ。
しかし、このウォーターゲート事件自体、発生から45年たった今でも大きな「謎」に包まれていることは、日本ではあまり知られていない。真相を探ると、現代にも通じる権力とマスコミの不都合な関係が垣間見える。
1972年、ニクソン大統領の共和党の再選支持派が、ワシントンのウォーターゲートビルにある民主党全国委員会本部に盗聴器を仕掛けるため侵入、逮捕された。ホワイトハウスは関与を否定したが、ワシントン・ポスト紙が調査報道で追及。もみ消し工作も明らかになり、ニクソン氏は74年辞任した(朝日新聞「キーワード」より)。これが事件の一般的な説明だ。
事件を追ったワシントン・ポストの若い2人の記者、ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインは報道の経緯を共著『大統領の陰謀』にまとめ、1974年に出版。ベストセラーとなった。76年には映画化され、世界中でヒットする。今でもブルーレイ・ディスクなどで見ることができ、原作より映画で事件のイメージをつくり上げている人も多いだろう。両記者は一躍英雄となった。とくにウッドワードはその後も米国政治をテーマとする著作を次々と発表し、ジャーナリストの神様のように崇められている。
ディープ・スロート
さて、『大統領の陰謀』には「ディープ・スロート」と呼ばれる謎の人物が登場する。行政府の人間で、ウッドワードの以前からの知人だという。ウッドワードらはディープ・スロートから多くの貴重な情報を入手し、ウォーターゲート事件で数々の特ダネをものにする。
情報源を明らかにしない報道の原則に従い、ウッドワードがディープ・スロートの正体を長年明かさなかったため、さまざまな説が取り沙汰された。事件発生から33年後の2005年、当時すでに90歳を超えていた元米連邦捜査局(FBI)副長官、マーク・フェルトが雑誌の記事で自分がディープ・スロートだと述べたのを機に、ウッドワードは『ディープ・スロート』を出版。ディープ・スロートはフェルトだったと書いた。