それが誰かは諸説あるが、有力視される人物が一人いる。陸軍出身で、事件当時、ニクソン政権でホワイトハウス高官を務めたアレクサンダー・ヘイグ(のちにレーガン政権で国務長官)である。
ヘイグは当初、ニクソン大統領の右腕として知られたキッシンジャー補佐官(安全保障問題担当)の部下だったが、やがてキッシンジャーと勢力を争うまでになり、ウォーターゲート事件の渦中で前任者が辞任したのを受け、大統領側近として最高位の大統領首席補佐官に登り詰める。
ジャーナリストのレン・コロドニーとロバート・ゲトリンが1991年に刊行した共著『静かなるクーデター』によれば、ニクソンが推し進めた中国との国交回復やソ連との軍縮交渉は軍部の反感を買っていた。陸軍参謀次長のポストに就こうとしていたヘイグにとって、ウォーターゲート事件を利用してニクソンの影響力を殺ぐことは、軍部の役割を強化する「願ってもないチャンス」だったという。もちろんニクソンにばれたらただでは済まない。
そしてヘイグは、ウッドワードと旧知の仲だった。コロドニーらによると、ウッドワードは1965年にエール大学を卒業後、海軍に入り、4年間を通信担当将校として国外で過ごした。最後の5年目、通信監視将校としてワシントンの国防総省に赴任し、そこでもう一つの重要な任務を帯びる。
それはさまざまな機密情報を収集し、上級将校らにわかりやすく伝える現況報告官という役割だった。報告する相手のなかに、当時キッシンジャーの部下だったヘイグがいたのである。ウッドワードは現況報告官だったことやヘイグとの関係を否定しているが、コロドニーらは当時の上官らに事実を確認している。
もしディープ・スロートの一人がヘイグだったとすると、現在マスコミで語られるウォーターゲート事件の公式見解は根底から揺らぐ。ディープ・スロートは政治の腐敗に対する義憤から情報提供に応じた高潔な人物とされてきたが、それがヘイグだった場合、ジャーナリストの神様であるウッドワードらは政府上層部の権力闘争で一方に加担し、中ソとの緊張緩和を進める大統領をクーデターのように追い落とす手助けをしたことになるのだから。
以上はあくまで仮説にすぎない。しかし少なくとも、マスコミが政府内の特定の人物だけを執拗に攻撃するときには、その背景を疑ってみる用心が必要だろう。
くしくも対ロ関係改善に踏み出したトランプ大統領は、「ロシアゲート」の標的にされている。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)
●参照文献(英文のみ。ほかは本文に記載)
・Jim Hougan, Secret Agenda: Watergate, Deep Throat, and the CIA (1984, Random House)
・Roger Stone, Nixon’s Secrets(2014, Skyhorse Publishing)