日米首脳会談が終了して、驚くべきことが起こった。日本の左派メディア、右派メディア論壇が挙って、日米首脳会談が成功したかのようなイメージで報道しているのだ。
今回の日米首脳会談について米国では、左派メディアは「菅義偉首相を冷遇」、保守派メディアは「民主党は礼儀を知らない」と報道しているので、失敗だったと見るべきである。
「冷遇」と言われる根拠としては、以下のようなものが挙げられている。
・共同宣言に盛り込む文言が、米国の希望する「台湾(中華民国)の平和」を日本側が「台湾海峡(地名)の平和」と変更したことにバイデン政権は不満を抱いた。
・ホワイトハウスで菅首相を迎えたのは政府要人ではなく州兵であった
・次に迎えたのは大統領ではなくカマラ・ハリス副大統領だった
・ハリス副大統領は最初の1分間、「銃規制」スピーチを行い、すぐに菅首相をメディアに紹介しなかった
・日本政府からの夕食会の提案は無視された
・バイデン大統領は翌日身内とゴルフだったが招待されていない
ところが、今回の日米首脳会談を菅首相や政府要人らが「成功だった」としか認識できていないのは、米政府が懸念する“コグニティブ・ウォー(認識戦争)”の一端ではないか。
コグニティブ・ウォー
本会談のテーマに上がった「ウイグル人権」「半導体」「AI」「5G」の共通項は、中国が仕掛ける“超限戦”のひとつで、AI技術を活用して人間の認識を誤らせる“コグニティブ・ウォー”である。
バイデン大統領就任前後から、今まで大きな関心を持たれなかったウイグル問題が急に注目を浴びているが、その背景にはいくつか要素がある。
ウイグル人の強制収容所や強制労働問題は以前から取りざたされていたが、ウイグルの民族活動を抑えるために中国が取っている支配戦略が、AIを利用してウイグル人にターゲットを絞ってプロパガンダコンテンツを表示し、ウイグル族が精神的に中国共産党化していく戦略を取っていることが米関係者の調査によって明らかになっている。
強制収容所内で中国共産党のプロパガンダ映像を終始見せられることは知られているが、彼らがスマホやテレビを経由して認識を誤らせられているという実態は、あまり把握されていない。顔認識で「ウイグル」とコンピュータが認識すると、検索結果までもウイグル人用に変化させることができるためだ。
その結果として、ウイグル国内で徐々に民族運動が鎮火しつつあったため、国外でのウイグル人権運動を米政府が支援するに至った次第である。
日米首脳会談、背景にあるNSCAI報告書
このウイグル人の認識を変化させる実験を中国共産党は行ってきたのだが、その技術の中心となっているのが、AI、半導体、5G通信技術である。
今年3月、元グーグルCEOであるエリック・シュミット氏が率いるAIの国家安全保障委員会(通称:NSCAI)が、バイデン大統領と米議会に756ページにわたる報告書を提出した。
そこで指摘されていることは、米敵対勢力が機械学習、ターゲティング、検索結果最適化技術を利用して、市民の信念や行動を外部から検出できない方法で操作するシステム開発が勢いを増す見込みであるということにある。
もっとも懸念されるのは、敵がAIを使用して大規模な影響力のあるマインドコントロールシステムを構築し、将来の戦争が発生した際には、すべての市民と組織が潜在的な標的となるという見通しである。
潜在的な敵対勢力は、ソーシャルメディア企業を通じて取得したビッグデータを通じて、AIにより強力なターゲティングツールを構築している。機械学習は、サイバー攻撃キャンペーンのすべてのフェーズにわたって、顕在および潜在的なアプリケーションとなっていることが指摘されている。
拙著『米中AI戦争の真実』でも詳しく解説しているが、中国が米国から移転してきたAI技術によって、ウイグルだけでなく世界中の人々をマインドコントロールに陥れるリスクが、すでに発生しているということだ。
台湾TSMCと解放軍
ところが、報告書で「米政府はAI戦争への準備ができていない」と警鐘が鳴らされ、中国が大量に台湾からチップを調達できているにもかかわらず、米国はチップ不足に喘いでいるのが現状だ。
高度なAI解析は最先端半導体チップが必要だが、米国には半導体が台湾から納品されていないのである。
それだけでなく、台湾大手半導体製造TSMCのファンドが出資した、台湾に本社を置くAIチップ製造企業「世芯KY」が人民解放軍のミサイル弾道経産のスパコン用チップ設計を行い、TSMCが製造していたと報道されている。
米半導体製造の6割は台湾に依存しており、TSMCが米企業への納品を遅らせているために、米国は来るAI戦争への準備ができていないと警鐘を鳴らされている。
米国政府はこれまで台湾を親米と認識してきたが、それも台湾経済界を牛耳る外省人や半導体企業らがネット上で親米反中プロパガンダを流し続け、米政府の認識を誤らせてきたためである。
コグニティブ・ウォーで認識を誤ったことが、台湾が中国への抜け道となっている現実を盲点とし、中国のAI技術が米国を抜いてしまう事態を招いた。
そして、この中国とのAI技術ギャップを埋めるには、これまで台湾に輸出してきた日本製とオランダ製の最先端半導体製造装置を禁輸にするよう両政府に求め、台湾が中国への「技術の抜け穴」として機能することを塞ごうというのだ。
半導体不足は米中陣営を分ける
そして、4月にワシントンD.C.で開かれた公聴会で、ジーナ・レイモンド米商務長官が世界で起こる半導体不足に関する報告を行っているが、ここでの発言には日米首脳会談において日本が米国に対して出したメッセージが反映されている。
レイモンド商務長官は、米国は台湾と中国に半導体サプライチェーンに依存していることを前提に、「敵対勢力を通じて引き起こされた車載半導体不足は、国家安全保障上の問題」であるため、企業に対して「カウンターインテリジェンスとしての対応」を求めている。
今年1月から表面化した半導体不足で、何度か米議会では台湾や台湾大手半導体製造TSMCを「中国」と認識しているというニュアンスで論じられてきたが、はっきりと台湾と中国をセットで名指ししたのは初めてのことである。米国政府が、台湾を中国側だと見方を変化させつつあるということだ。
さらに商務長官は「仮に日本で地震があれば、我々は生産を移動できる」と言及したが、これは日本が中国についたと米政府に見られていることを示している。
先の日米首脳会談での菅首相の中国を忖度した煮え切らない態度、半導体製造で米国が台湾からの自立を促しているにもかかわらず、逆へ向かう政策を進めていることが不興を買い、日本が中国側についても問題ない半導体サプライチェーンを構築しているということだ。
米戦略とサムスンの奇策
菅政権が「米国が喜んで台湾TSMCを誘致している」「日米首脳会談が成功した」と誤認しているのは、官僚のフェイク報告書、大手メディアのフェイクニュース、SNSの論調を生み出す「コグニティブ・ウォー」に嵌まっているためだ。
米政府の真意は、TSMCが米国工場を稼働させようがさせまいが、どちらに転んでも米国が勝てるゲームを仕掛けている。そのカギとなったのが、最先端チップ製造に強いサムスンと輸出規制という2つの武器だ。
TSMCかサムスンの米最先端工場が稼働し始めたら、日本とオランダに最先端製造装置を台湾に売らないよう輸出規制を課し、台湾という中国への抜け穴を防ぐ。そうすることで、最先端チップは米国と韓国サムスンのみで、中国の技術的優位性を制御可能となる。
次に中国が打ってくる手は、習近平国家主席が、韓国・文政権を通じて韓国サムスンを抑えることである。
ところが、文政権と対立関係にあるサムスンは、中国進出で現地中国共産党幹部と懇意にしており、中共を通じて北朝鮮経由で文政権に影響を与えるという奇策を打つ準備を固めている。
世界の半導体を支配すれば、250兆円規模のエレクトロニクス市場と400兆円規模の自動車市場を支配することができる。その利権に向けて、世界各国の半導体企業は政治力を使って「コグニティブ・ウォー」という奇策を繰り出している。
菅政権の誤認識で、日本は経済戦争における敗色が濃厚となった。
(文=深田萌絵/ITビジネスアナリスト)
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