東京五輪の男子マラソンに出場したモルア・アンドゥニ(フランス)の”迷惑行為”が、世界中から注目を浴びている。先頭集団にいたアンドゥニは28㎞過ぎの給水地点で、テーブル上に並べられたペットボトルを次々と倒した後、最後の1本をしっかりとキャッチ。この動画がSNSで拡散され、さまざまな意見が飛び交っている。
そのなかでもっとも多いのが、アンドゥニを批判するものだろう。後続の選手が明らかな被害を被ったからだ。アンドゥニの真後ろを走っていたのは、今大会2位に入ったアブディ・ナゲーエ(オランダ)。取ろうとしたボトルが軒並み倒されたため、そのテーブルでは水をゲットすることができなかった。しかし、数メートル先のテーブルでボトルを確保している。
地元フランス紙「フィガロ」は、「東京五輪でフランス人ランナーが給水の際に、最悪の場合、スポーツマンシップに反する不自然な振る舞いをした」と、アンドゥニの行為を問題視。欧州メディアでは批判的な見解が多いようだ。
一方、アンドゥニは自身のSNSで、「ペットボトルは鮮度を保つために水に浸されていたため、滑りやすかった」と綴り、故意ではないと弁解した。オリンピックの女子マラソンで2つのメダルを獲得している有森裕子氏も、ツイッターのフォロワーとのやり取りの中で、ボトルがつかめずに慌てているという見方を示し、悪意はないのではないかと擁護している。
筆者も、問題の場面を動画で何度も確認した。テーブルには手前と奥にペットボトルが2列に並べられていたが、アンドゥニは手前の列のボトルをすべてなぎ倒し、最後の1本をつかんでいる。映像を見た限りでは、わざとやっているようにも見えなくはない。しかし、奥のペットボトルには手をつけておらず、次のテーブルに並べていたボトルにも手を出さなかった。
今回のレースは過酷な条件だった。午前7時のスタート時は気温26度、湿度80%。106人中30人が途中棄権している。また給水時は密になりやすいため、他の選手と接触するリスクが高くなる。ボトルだけではなく、周囲に目を配らないといけない。これらの状況を考えると、故意でやったわけではなく、偶然なのかもしれないと感じている。
高速走行中のボトルキャッチは超難しい
五輪ランナーたちの走りが軽やかなため、さほど速そうには見えないが、実はものすごいスピードが出ているのだ。
男子のトップ選手は夏のマラソンでも、平均すると時速20km弱のペースで走っている。市民ランナーと比較すると、フルマラソンを3時間15分ほどで走る上級者レベルの1.5倍、中級レベルの4時間20分ほどのランナーの2倍になる。100mでいうと18~19秒のスピードだ。
置いてあるペットボトル1本を確実につかむのは簡単ではない。今回の男子マラソンでも、各国のゼネラルテーブルでスタッフが手渡す給水ボトルですら受け取ることができない選手が何人もいた。
もちろん、スピードを緩めればボトルをキャッチしやすくなるが、そうすることで別の問題が発生する。急激にペースダウンすることで、後ろに同じペースで走っている選手がいると接触事故になりかねないのだ。最悪、転倒ということもある。また、一度ペースを落とすと、元のペースに引き上げるためにエネルギーを使うことになる。そのため、トップ選手たちは給水時もできる限り、同じペースで走りたいと考えているのだ。
アンドゥニの行為が他の選手にとっては迷惑なものになったのは間違いない。しかし、故意でなければ、許してあげなければならない。過酷なマラソンでは、誰だって同じようなことをしてしまう可能性があるからだ。
真相は本人しかわからない。他の出場選手が文句を言わない限り、アンドゥニの言葉を信じたいと思う。
(文=酒井政人/スポーツライター)