2002年3月25日に農林水産省は「不測時の食料安全保障マニュアル」を発表した。このマニュアルを作成した理由として、農水省は「不測の要因により我が国における食料の供給に影響が及ぶ恐れのある場合について、事態の深刻度(レベル)に応じ国民が最低限度必要とする食料の供給の確保が図られる」ことを目的に策定したとしている。その後、このマニュアルは5回改正されてきたが、一度も発動されることはなかった。しかし今、このマニュアルが想定している事態が眼前に展開されている。
マニュアルは「不測時」として次の事態を挙げている。
(1) 主要生産国・輸出国における異常気象等による大不作
(2) 主要輸出国における港湾ストライキ等による輸送障害
(3) 地域紛争や突発的な事件・事故等による農業生産や貿易の混乱
(4) 主要輸出国における輸出規制
(5) 安全性の観点から行う食品に対する我が国の輸入規制
昨年の米国とカナダにおける歴史的な熱波による小麦、菜種などの大不作やブラジルにおける干ばつ霜害によるコーヒー豆の大不作などで、輸入小麦、油量種子、コーヒー豆などの価格が高騰。食パンなど小麦関連商品や食用油、マヨネーズなどの加工食品も一斉値上げされ、食卓を直撃している。これらは(1)が定義する事態によるものと考えてよい。
また、現在、コロナ禍により世界中でコンテナを扱う港湾で労働者が出勤できないなか、甚大な輸送障害が生じ、世界的な物流に深刻な打撃を与えている。これは(2)に該当する。
そして(3)は、ロシアによるウクライナ侵攻が当てはまる。地域紛争どころか、ロシアの動き次第では第3次世界大戦に発展しかねない。ウクライナは小麦生産大国であるため、すでに小麦の国際価格は高騰している。ロシアからの輸入に依存しているカニ、雲丹、サケマスといった魚介類は、ロシアに対する金融制裁で輸入は事実上できなくなり、価格の高騰と品不足は必至である。
「国民の食生活に重大な影響が生じる可能性」
では、このような不測時になった時、政府はどのような対応をとるべきだとマニュアルは規定しているのか。マニュアルでは不測時の「レベル」を0~2に分けて整理している。
【レベル0】
輸入の減少等により食料の供給が減少する徴候が現れ、事態の推移いかんによっては、需給がひっ迫することにより、国民の食生活に重大な影響が生じる可能性がある場合である。
【レベル1】
特定の品目の需給のひっ迫、価格上昇により国民が当該品目を入手することが困難となり、国民の食生活に重大な影響が生じるおそれがある事態である。
【レベル2】
食料全般が著しく不足する事態であり、市場メカニズムに委ねていたのでは、国民が生命の維持に最低限度必要な食料さえも入手できなくなるおそれのある事態である。
現在の状況はレベル2とはいえないが、少なくともレベル0には適合しており、事態の推移によってはレベル1に向かいうる状況である。ではマニュアルでは、レベル0では政府はどのような対応を求められているのか。
「レベル0においては、レベル1以降の深刻な事態に発展しないよう機動的に初動的・予防的対策を行うことが重要であり、 1 不測の要因に即応した情報の収集・分析・提供 2 備蓄の活用や輸入の確保等による当面の食料供給の確保 3 価格動向等の調査・監視及び関係事業者に対する行政指導等の対策によりレベル1以降の事態に至らないよう努める」
(文=小倉正行/フリーライター)