日銀の黒田東彦総裁の発言が世間を騒がしている。黒田総裁は6日、東京都内で講演し、「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」と述べた。これに対しマスコミからは「家計にそんな余裕はない」と反発する意見も出ている。
まず、黒田総裁の発言を整理しておこう。家計が値上げを受け入れたのは、新型コロナウイルス感染拡大による行動制限で蓄積した「強制貯蓄」が影響しているということを、一つの仮説として述べている。さらに、家計が値上げを受け入れている間に、良好なマクロ経済環境をできるだけ維持し、賃金の本格上昇につなげていけるかが当面のポイントだとも指摘している。
黒田発言は、研究成果による経済全体を見渡したマクロ経済の発言だ。それに対し、一人の意見だけを採り上げて反論しようとしても意味がない。ミクロでの個別の意見を否定するものではないが、マクロ経済つまり経済全体のものへの反論になり得ないのだ。
この点、マスコミは一つのわかりやすい意見をもって、それが全体の傾向だとする「ストーリー・テラー」の手法ばかりなので、反論として説得力がないし、そもそも反論になっていないことをわかっていない。
例えば、円安は経済全体のパイ、日本のGDPを増大させるというのは、多くの研究やそれらを反映した国際機関の経済モデルでも明らかになっている。中小企業は恩恵を受けられないというのは一面の真理であるが、経済全体の話ではない。筆者はマスコミにこの話をしているが、ほとんど理解されていないようだ。
また、最近の「物価」に関する報道でも、個別の価格上昇だけを示して、全体の「物価」が上がっていると説明されているのには辟易する。個別のエネルギー価格上昇などによる「物価」の上昇は、2~3割しか説明でない。エネルギーと食品を除いた4月の消費者物価指数上昇は、対前年比0.8%にすぎない。
相変わらずな財務省ロジック
黒田総裁は、マスコミの表面的な意見を受けて「真摯に反省する」などと言うだろうが、マクロ経済の立場から黒田発言をどう考えたらいいのだろうか。
まず、マクロ経済を語る上で必須なものとしてGDPギャップ(総供給と総需要との差)がある。内閣府は6日、2022年1-3月期GDPギャップがマイナス3.7%、21兆円と公表した。内閣府の計算は総供給を低く見積もっており、完全雇用に相当する総供給は内閣府のものより10兆円程度高いので、真のGDPギャップは30兆円程度あると考えていい。賃金上昇には、このGDPギャップの解消が先決だ。それができて半年後くらい経過してから賃金は上昇するというのが、これまでのデータ分析からの帰結だ。
黒田総裁の賃上げのストーリーは、講演でも話してた「強制貯蓄」が消費に転化して総需要を押し上げ、GDPギャップを解消するという経路だ。これは、財務省がよく使う手だ。民間需要が出てくるので、GDPギャップを放置してもよく、財政出動も不要というロジックだ。
だが、はたしてこのロジックは正しいのだろうか。まずは、その民間需要を呼び起こすために「呼び水」が必要だというのが筆者の立場だ。そのためには、先の補正(2.7兆円)では一桁足りず、30兆円規模の補正が必要だ。
筆者は、黒田総裁発言の本当の問題点は、相変わらず財務省ロジックでマクロ経済をみていることだと思う。しかし、国会やマスコミはマクロ経済のことがさっぱりわかないので、この問題点まで到達できないのではないだろうか。