だが、こうした見方に異を唱えるのが、7月に『日本経済 ここだけの話』(朝日新聞出版)を上梓し、ぐっちーさんのペンネームで知られる山口正洋氏だ。
モルガン・スタンレーなどを経て、現在は投資会社でM&Aなどを手がける投資銀行家であり、「AERA」(朝日新聞出版)や「週刊SPA!」(扶桑社)などに連載コラムも持つ山口氏に、前回に引き続き、
「日銀の掲げる2%物価上昇、消費増税で経済成長のごまかし」
「日本財政は破綻しない」
「“すでに強い”日本企業がとるべき道」
などについて聞いた。
–安倍首相は日銀に2%の物価上昇率達成を求め、黒田東彦総裁は「2年程度を念頭に実現を目指す」としていますが、この方針は正しいのでしょうか?
しかし今、多くの日本の消費者にとって、どうしても急いで買わなければと思っているものはありますか? 買うのを我慢しているものはありますか? もうちょっと楽に生活したいという思い、あるいは将来に対する不安、そういうものは持っていたとしても、大多数の人はすでにほとんどのものを手に入れているのではないでしょうか。将来のほうがものの値段が高くなるとしても、今のうちに急いで何かを買おうとは思わないでしょう。
逆に、ただでさえ将来に対して不安を持っているわけですから、物価が上がっていく中で給料はいつ上がるかわからないとしたら、まず考えることは「生活の防衛」でしょう。すると、消費を控え、節約しますよね。それに消費税増税も待ち構えているわけです。
学者の方々は、「消費税が引き上げられる前の駆け込み需要で一時的に景気がよくなり、消費税増税による落ち込みは補填できる」と考えているようですが、日本では過去2回にわたり消費税が引き上げられるたびに、その年の税収は落ちています。増税分と給料とを見比べて、もっと節約しなければいけないと考え、ますます消費を減らす方向にバイアスが働くからです。そうした歴史を踏まえると、今回も消費税増税に備えて貯金しようという人が増えるのではないでしょうか。
–つまり、消費が増えて企業業績が回復し、給料が上がるというシナリオにはならないということですね?
山口 そうしたシナリオはすでに破綻しています。例えば、2人以上の世帯を対象に、今後半年間の消費見通しを5段階評価で尋ねる消費動向調査で、指数が50以上であれば「良好」と判断されますが、内閣府が7月10日に発表した6月の消費動向調査の結果では、「44.3」と6カ月ぶりに悪化しました。
その理由について内閣府は、「株価や円相場が乱高下した影響を受け、指数を構成する暮らし向きなどの4指数がすべて低下した。ただし、基調判断は、足下の株高、円相場が持ち直してきていること、過去の平均と比べて指数自体は高水準にあることから、前月の“改善している”を据え置いた」としています。無茶苦茶なロジックだと思いませんか? 我々は、株価や円相場を見て毎日の消費態度を決めていません。
それから、これも内閣府ですが、景気ウォッチャー調査。これは全国を11地域に分け、幅広い業種・職種から選ばれた約2000人に対して行った聞き取り調査をまとめたものです。8月8日に発表した7月の現状判断DIは、前月比0.7ポイント低下の「52.3」と、4カ月連続で低下しました。そして、「百貨店等での夏のセールが低調であった」「円高是正により仕入価格上昇等によるコスト増がみられた」、先行きについては「電気料金や食料品、燃料などの価格上昇が懸念される」、こういうコメントが聞き取り調査の中でたくさんあったようです。しかし、「“景気は緩やかに持ち直している”とまとめられる」という結論になっています。
●対GDP債務比率と財政破綻リスクに相関関係はない?
–ところで、財務省は、「日本の債務はGDP比で190%に達しており、財政再建が急務だ」と言っていますね。
山口 財務省は、「1000兆円の公的債務をいっぺんに返すためには消費税を50%にしても足りない」と財政危機を煽るわけです。それをメディアが鵜呑みにして、「日本が倒産する」と垂れ流すわけです。でも、国債をいっぺんに返す必要性というのは、どこにもありません。この1000兆円の公的債務のうち、少なくとも95%は日本人がファイナンスしているからです。つまり、1500兆円ともいわれる個人の金融資産のほとんどは預金と保険で、これらが巡り巡って金融機関などによる国債の購入に充てられています。だから、これだけの借金を外国の助けなしに賄えるわけですね。