–では、なぜ問題の多い代用監獄を指定するのでしょうか?
森 それは、裁判官が治安維持のための歪んだ存在だからです。裁判官は、容疑者が代用監獄の中で、警察の支配下に常に置かれることを望んでいるのです。そうすれば、捜査側が自白を取りやすいですし、有罪にもなりやすいからです。
●歪んだ刑事司法
–ここまで勾留率や有罪率の高さ、代用監獄制度など、司法権力の問題点についてお聞きしました。ほかにも問題点はありますか?
森 日本の刑事司法が「絶望的」といわれるのは、勾留率や有罪率の高さだけではなく、容疑者が身の潔白を主張している場合には不利益に扱うということを公然と行っていることにあります。犯行を認めない限り、保釈もされず、裁判が終わるまで身柄を拘束されたままなのです。いわゆる“人質司法”ともいわれています。
また、本来ならば「自白の強要」は許されることではありません。裁判では、自白の強要が明らかになった時点で、自白の審理を打ち切り、自白を証拠として認めないルールになっています。しかし、仮に被告人が自白を強要されたと証言しても、取り調べに当たった捜査官が「強要などしていない」と発言すれば、それが通り、被告人の言い分が顧みられることはありません。
–裁判員制度が始まり、そんな歪んだ刑事司法の中に、一般の人が入っていかなければならなくなりました。裁判所とは、どんな場所ですか?
森 一言で言えば「異界」です。
裁判員制度の導入により、表面的には「市民と裁判官の協働」「市民感覚を裁判に生かす」「あなたの市民としての感覚が求められています」などとうたっていますが、それは偽善であり、欺瞞でもあります。また、そんなキャッチフレーズに乗せられたままでは、上っ面しか参加できない可能性があります。しかし、その程度での参加を裁判所や裁判官は望んでいます。
市民の側からは、裁判所の言っていることや行っていることが建前で、もっと別の顔があるという認識を持ってほしいです。
裁判員裁判は、市民が権力の場に参入するという意味合いがあります。裁判所は、司法権という国家権力であり、最も強力な死刑判断を下す権力すら持っています。権力の場というのは一種の修羅場でもあります。本書を読んでいただければ、その修羅場の実態をのぞき見ることができるのではないでしょうか。
(構成=本多カツヒロ)
●森炎(もり・ほのお)
1959年東京都生まれ。東京大学法学部卒。東京地裁、大阪地裁などの裁判官を経て、現在、弁護士(東京弁護士会)。著書に『死刑と正義』(講談社現代新書)、『司法殺人』(講談社)、『量刑相場』『なぜ日本人は世界の中で死刑を是とするのか』(ともに幻冬舎新書)など多数、近刊に『教養としての冤罪論』(岩波書店)がある。