腰痛がやっかいなのは、「慢性化してしまった場合」である。
ギックリ腰などで一時的に腰痛になってしまったとしても、ほとんどの場合が数日後によくなり、何事もなかったかのように日常生活を送っている。
これは風邪や胃腸炎などと同じように、「そのときはつらいが、適切に管理して、数日、我慢すれば治る」というのと似ている。しかし、実際には何年間も腰痛に苦しんでいる人が存在している。一方、何年も風邪に苦しんでいる人は滅多にいない。
腰痛が慢性化してしまう原因を考えるときに重要なのは、「生物医学的側面」からではなく「生物社会心理的側面」から腰痛を考える必要があるということだ。
つまり、慢性化してしまう人は、腰痛に対する考え方に何かしらの傾向がある。そのような考えから、世界的に「腰痛が慢性化してしまうかどうかを簡単なアンケートで予測できる」という考え方が広がっている。その質問用紙は、東京大学の松平浩医師によって翻訳され、日本でも使用できるようになった。
質問用紙は「STarT Back Screening Tool(スタートバックスクリーニングツール)」と名付けられ、イギリスのKeele Universityが中心となって開発された。さまざまな面から成る9つの質問によって、その腰痛が慢性化するかどうかを「低リスク」「中度リスク」「高リスク」に分類する。
それぞれのカテゴリーには、推奨する治療方向が提示されているため、腰痛が生じた時点でこの質問用紙に答えると、自分の腰痛の予後をある程度予想することが可能になるという仕組みだ。
9つの質問でリスクを判定する
「スタートバックスクリーニングツール」の質問内容は以下の通りだ(注1)。
ここ2週の間について考えてください(①~⑧は、「はい」が1点、「いいえ」が0点)。
①ここ2週の間、腰痛が足のほうに広がることがあった
②ここ2週の間、肩や首にも痛みを感じることがあった
③腰痛のため、短い距離しか歩いていない
④最近2週間は、腰痛のため、いつもよりゆっくり着替えをした
⑤私のような体の状態の人は、体を動かし活動的にあることは決して安全とはいえない
⑥心配事が心に浮かぶことが多かった
⑦私の腰痛はひどく、決してよくならないと思う
⑧以前は楽しめていたことが、最近は楽しめない
⑨全般的に考えて、ここ2週の間に腰痛をどれくらい煩わしく感じましたか?
:□全然(0点) □少し(0点) □中等度(0点) □とても(1点) □極めて(1点)
注目してもらいたいのが、この質問用紙に「腰の形」や「筋肉の強さ」などの項目は特にないことだ。この質問用紙を開発した研究グループは、腰痛が慢性化するかどうかは、心理、認知面や破局的思考などの心理的要因が影響すると考えているのだ。
この質問で4点以上の場合、腰痛が慢性化してしまう可能性は「中・高リスク」。医療従事者は「心理面」を重視した治療アプローチをとることになる。それは、腰痛の考え方や必要以上の恐怖を改善することが治療のポイントになるからだ。
一方、「低リスク」の人には、「必要以上の安静はしないで普通に生活してください」「運動してください」などのアドバイスを行っていく。
予想はできても自己診断はダメ
簡単な質問に答えることで、「腰痛が慢性化するかどうかのリスク」がわかり、慢性化の恐れのある思考を持つ人には、初めからそれに効果的なアプローチを行う――。これにより、腰痛の慢性化がぐっと減る。
世界的な医学雑誌『THE LANCET』には、この方法で腰痛患者を振り分けて治療したら、振り分けなかった場合に比べて効果が認められた――という研究結果が発表された(注2)。
このように、腰痛が慢性化するかどうかは、事前にある程度予想できるかもしれない。9つの質問に答えて「高リスク」だった場合、専門家の治療や助言が必要だ。しかし、あくまでも自己判断せずに、専門家の診察、助言をしっかりと聞くべきであることは付け加えておく。
(文=三木貴弘/理学療法士)
●参考文献
(注1)松平浩ら日本語版STarT(Subgrouping for Targeted Treatment)Backスクリーニングツールの開発―言語的妥当性を担保した翻訳版の作成―日本運動器疼痛学会誌 5(1), 11-19, 2013
(注2) Hill, J. C., Whitehurst, D. G. T., Lewis, M., Bryan, S., Dunn, K. M., Foster, N. E., … Hay, E. M. (2011). Comparison of stratified primary care management for low back pain with current best practice (STarT Back): A randomised controlled trial. The Lancet, 378(9802), 1560–1571.
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三木貴弘(みき・たかひろ)
理学療法士。日本で数年勤務した後、豪・Curtin大学に留学。オーストラリアで最新の理学療法を学ぶ。2014年に帰国。現在は、医療機関(札幌市)にて理学療法士として勤務。一般の人に対して、正しい医療知識をわかりやすく伝えるために執筆活動にも力を入れている。お問い合わせ、執筆依頼はcontact.mikitaka@gmail.comまで。