弟が父と母を騙して財産“生前贈与”を受けていた!父を介護し続けた兄には遺産ほぼゼロ
発覚後、温厚なAさんも、さすがにBの卑劣な手口を知り激怒した。もし実家の土地建物を生前贈与されていなかったら、法定相続分に従い、実家の土地建物を含めた全遺産を母親が半分、残りをAさんとBで2分の1ずつ相続することとなる。
それが、実家の土地建物がBとBの妻に生前贈与されたことで、父親の遺産は別荘の土地建物と、現金・預金となった。現金・預金といっても母親の今後を考えれば消えてしまう程度だ。法定相続分通りだと、それを母親が半分、AさんとBが残りを半分ずつ案分することになる。
結局、話し合いにより、遺産の別荘の土地建物はAさんが取得し、現金・預金は母親が取得することになった。その旨を記した遺産分割協議書が作成された。ちなみに父親は遺言書を残していなかった。
Aさんが母親に聞いてみると「そういえばBから『土地のことはオヤジが元気なうちに俺がちゃんとするから。法律とか税金は兄さんより俺が詳しいから安心して。ここに印鑑を押せばいい』と言われたので、それに従っただけ。何か問題があるのか?」と、逆にAさんに尋ねたという。
法務局は書類を確認し、偽造かどうかを判断する。実際、このケースは偽造書類ではなかったため、父親名義の実家の土地を分筆登記(ひとつの土地を複数の土地に分ける登記)し、実家と建物の登記名義を、贈与を原因として母親とBとBの妻に移転させた。(注1)AさんがBを問い詰めると、「会社の設備投資のために資金が必要だった」と自白した。
“家族の思い出が詰まった別荘”は、“忌まわしい思い出”に変わった。Aさんは別荘を売却し、わずかばかりのお金を手にした。母親も父親から相続した実家の土地建物をBに売却することにした。
Aさんには、どうしても許せないことがあった。自分のことだけならまだしも、両親を騙し、Bが自分自身の経済的利益を追求しようとしたことだ。Aさんは「お金の問題ではなかった。経営者としてがんばっているBを応援していた。会社の経営状態を正直に話してもらえなかったことは無念だ」と唇をかみしめた。一時は裁判も視野に入れていたAさんだったが、争えば争うほど母親が傷つくと思って、Bに対する憎しみの気持ちを無理やり収めた。
親が生きているうちに専門家に相談を
井出光紀税理士(ポラリス税理士法人)は、次のように説明する。
「生前贈与分は、相続の時に故人から特別に利益を受けている“特別受益”とみなされ、その分を差し戻して相続財産を算定します。これは民法で規定されており、ここに時効の考え方はありません。よく混同されることが多いのですが、相続税の計算の際の『生前贈与加算』と上記の『特別受益』はまったく異なるものです。
『生前贈与加算』は相続税の計算の際、3年以内に故人にもらった財産も相続でもらった財産と同様に遺産に含めて相続税を計算する税法の規定。『特別受益』は故人の財産をどうやって分けるのが平等か?という民法の規定です。Aさんの父親の遺産の詳細はわかりませんが、Bは生前贈与を受けた場合と受けなかった場合の双方を考え、生前贈与にメリットがあると判断したのでしょう。だからといって、両親やA氏に悪意と取られかねないやり方をしていいはずがありません」
Aさんは母親を引き取り、Bに「今後一切、母や俺の一家にかかわらないでほしい」と申し入れた。それまで仲が良かったAさんとBの子供たちまで、この一件で険悪になった。Aさんは「Bから話があった時に、母のためにも、もっとじっくり聞けばよかった。うちだけは争いごとは無縁だと信じ切っていた。いくら仲のいい兄弟でも、人に任すのは大きな間違い。身内を疑うというのではなく、専門家に相談に行き、対策を自分なりに知っておくべきだった」と後悔を口にする。
井上裕貴弁護士(みとしろ法律事務所)は、次のように解説する。
「まず、両親の面倒を見ていたAさんは、Bから電話があった時点で、父親と相続のことについて話し合っておくべきでした。また、Aさんの知らないところで、父親からAさん以外の人に対し生前贈与がなされていたようですが、Aさんは生前贈与された不動産の価格を考慮して、遺産分割協議を成立させるべきでした。すなわち、遺産を分割する際には、被相続人の死亡時に存在している財産(相続財産)に、共同相続人(本事例では、母親とB)に対してされた贈与(特別受益)を計算上、相続財産に持戻して(みなし相続財産)、相続分を算定することが公平です。
つまり、相続財産に、父親が母親とBに対し生前贈与した不動産の価格を加え、これを法定相続分に従って分配する旨の協議を成立させるべきだったのです。なお、父親はBの妻に対しても生前贈与をしていますが、実質的にBに直接贈与されたのと異ならないと認められるような事情が存在しない限り、これは持戻しの対象とならないことには注意が必要です」
日本人は武士道から「家の恥を外に話さない」ことを美徳としてきたため、“家庭内地面師”は表面化されていないだけで、ひょっとしたら昔からあることかもしれない。また、莫大な資産があるなしにかかわらず、揉め事は起きる。相続は家族の歴史と従来の家族間の感情の集大成になる。それを防ぐためにも、事前対策の観点から専門家に相談することは不可欠だろう。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)
(注1)法務局は、疑問に思わないはずであることを前提としました。