絶望と希望の「親の介護」、従業員と企業のトラブル激増…悲劇的事態はこう回避できる
「厳しくても、労働法などの法律を順守することが、結局は王道であり、近道となる。介護のために必要な対応は千差万別であり、就業規則に予めすべてを詳細に盛り込むことは、現実的に困難と思われる。しかし、だからといって規則・制度を作らずに個別的に対応しようとすれば、従業員が不公平だと不満に思うおそれがある。柔軟で公平な対応ができる規則・制度づくりが必要だ」(鈴木氏)
就業規則などの規則を制定するときは、社会保険労務士だけでなく、弁護士にも相談することが重要だ。というのは、法律や指針を参照するだけでは柔軟で公平な対応ができる規則にはならず、紛争予防的な観点からの規則作成はまさに弁護士の専門分野だからである。また、過去の裁判例が示す規範等に照らした規則や体制づくりが、紛争予防だけでなく、紛争時のリスク管理の観点からも必要であり、そのためにもやはり弁護士の関与は欠かせない。
ただ、筆者の印象では、事前対策の重要性は理解していても、日本人は相対的に潜在リスクにお金を払う文化が、まだまだ成熟していないように思えてならない。
「もちろん事前対策にも費用がかかる。しかし、事前に弁護士と社労士に就業規則等の作成を依頼し、社内の制度を整備して、従業員への周知まで徹底しておけば、裁判になった場合のコストに比べ、何分の一かで済む場合もあることは、認識しておくべきだ」(鈴木氏)
Aさんの悲劇 ~規則や制度があるだけでは防げない問題~
最後に、ある“悲劇”が示唆する重要な問題について考えたい。
上場企業の部長職であるAさんは、親の介護で地方にある実家近くに戻るため、退職願を出した直後に親が死亡した。だが、すでに退職願は受理されていたため、退職を余儀なくされてしまった。
しかし、本当の“悲劇”はここからだった。Aさんは転職先の中小企業になじめないなどの問題を抱え、そのストレスからか脳梗塞を発症して障害が残り、転職先も退職。現在は、リハビリに励んでいるものの無職だ。
Aさんは、会社にも地元関係者にも相談することもなく、自分で退職を決断した。皮肉にもAさんの企業は福利厚生制度が非常に充実している企業で介護休業等の制度もしっかりしていたし、Aさんの地元もビジネス雑誌に高齢者施設の数が全国で3本の指に入ると取り上げられたほど、介護について先駆的な取り組みをしていた。Aさんには仕事と介護を両立することができる環境も可能性も十分にあったように思える。