住宅は多くの人にとって生涯で最大の買い物であり、その後の生活の基盤、そして人生を支える資産になります。そんな大切な買い物ですから、トラブルに巻き込まれたりしたら大変なことです。
それだけに取得に当たっての不安は絶えませんが、実はそのトラブルにあう確率を限りなくゼロに近づけるための“予防注射”があるのです。これからマイホームの取得を考えている人は、ぜひ知っておいてください。
2016年度の電話相談件数は約2万件
公益財団法人「住宅リフォーム・紛争処理支援センター」は、住宅をめぐるトラブルをなくすために設けられた公的機関です。住宅やリフォームをめぐる相談や紛争処理などに対応していますが、図表1にあるように、2016年度は電話による相談件数が新築住宅関係だけで年間2万件近くに達し、リフォーム関係を加えると3万件を超えます。延べの応答回数は実に4万件超という数字になっています。
それだけ住宅にはさまざまな問題がつきものということもいえるのでしょうが、そこから、トラブルに発展する可能性も小さくありません。
新築の一戸建てをめぐるトラブルが大半
では、どんな相談が多いのでしょうか。まず一戸建てとマンションの別でみると、一戸建てが79%を占め、新築・中古の別では新築が86%に達しています。つまり住宅をめぐる相談の多くが、新築の一戸建てに集中していることになります。
マンションは少なくとも数十戸以上の規模であり、一定の資金力がないと分譲できません。分譲会社数も首都圏で数百社と限定されます。それなりの規模の会社であり、ある程度の安心感があります。
それに対して、一戸建てに関しては年間の受注棟数が数棟以下という工務店が少なくありません。いやむしろ全国的にみればそれが主流であり、大手住宅メーカーのシェアはトップ企業でも数%にとどまります。
中小工務店なら大手メーカーの半値
そうした現実をみると、できるものなら大手住宅メーカーの商品を手に入れたいものですが、残念ながら大手の住宅は価格が高くなります。
注文住宅でみると、大手は平均すると1棟当たり3000万円台後半から、メーカーによっては4000万円を超えます。それに対して、中堅ビルダーなら2000万円台、中小の工務店なら2000万円を切る価格帯もあります。
建売住宅も同様で、首都圏をみると大手不動産や大手住宅メーカーの建売住宅の平均価格は5000万円台ですが、ビルダーや工務店の建売住宅は平均3000万円強で、2000万円台もあります。
年収などの条件によっては、中堅ビルダーや中小の工務店の商品にせざるを得ないケースもあるでしょう。そんな選択を行うときに、大切なのがトラブルに巻き込まれないための“予防注射”を打っておくということなのです。どういうことでしょうか。
トラブルの解決には膨大な費用や時間がかかる
住宅をめぐるトラブルは、当事者間の知識・経験などに関して非対称性が極めて大きいのが特徴。住宅メーカーや不動産会社などは生き馬の目を抜く業界で活動し、トラブルに関しても対処法のノウハウを蓄積していますが、消費者は専門知識が乏しく、トラブルへの対応についてほとんど経験がありません。
その結果、消費者はトラブル解決のために弁護士、建築家などの専門家に依頼しなければならず、その費用負担は莫大なものになり、解決までに時間もかかります。実際、審理が最高裁まで進んだ案件では解決までに10年近い年月がかかり、消費者が勝訴したにもかかわらず、弁護士費用などたいへんな持ち出しになったケースがあります。
トラブル紛争処理の対象になる評価書・保険付き住宅
そんなトラブルをなくすため、国土交通省では2000年施行の「住宅の品質確保の促進等に関する法律」(住宅品確法)などによって、紛争処理支援体制を確立しています。その仕組みは図表2にある通りです。
住宅品確法に定められた住宅性能表示制度で、建設住宅性能評価書を取得している住宅、または「特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律」(住宅瑕疵担保履行法)による保険付き住宅については、引き渡し後にトラブルが発生した場合、各地の弁護士会などに設置された審査機関に、トラブルの解決を依頼できる仕組みになっているのです。それもわずか1万円で各地の弁護士会に設置された審査会に解決を依頼できます。
これから住宅を取得しようと考えているのであれば、この建設住宅性能評価書を付けるか、住宅瑕疵担保履行法による保険付きの住宅を選ぶのが安心なのです。
瑕疵保険付き住宅のトラブルが急増中
図表3をご覧ください。このところトラブルによる紛争処理申請件数が右肩上がりに増えています。特に、住宅瑕疵担保履行法施行以降は、瑕疵保険付きの住宅の申請が増えているのが特徴です。
住宅瑕疵担保履行法では、大手住宅メーカーや、中堅ビルダーのなかでも年間販売数の多い業者は瑕疵保険より供託制度が有利なので、供託制度を利用しています。一方、さほど販売数が多くない中堅のビルダーや中小工務店などは瑕疵保険制度が有利なので、当然ながら。瑕疵保険を利用します。そのビルダーや工務店の物件でトラブルが急増しているわけです。
それでも、瑕疵保険付きなら、この紛争処理支援システムを利用できるのですが、中堅ビルダーでも供託制度を利用している場合には、このシステムの対象外になります。
その場合には、建設住宅性能評価書付きにして保険をかけておくのが安心です。ビルダーのなかには、性能評価を行うのは面倒なので、対応をしぶる会社もあります。そんなところからは買わないようにするのがいいでしょう。
建設性能評価書の取得は“予防注射”の効果
いずれにしても、一戸建ての取得に当たっては、建設住宅性能評価書付き住宅か瑕疵保険付き住宅を選ぶことが重要なのです。この紛争処理の仕組みづくりを推進した国土交通省の担当者は、「性能評価書の取得はインフルエンザの予防注射のようなものです」としています。
建設性能評価書付きや瑕疵保険付きの住宅でトラブルを起こすと、1万円で審査会に訴えられて、メーカーとしては面倒なことになります。ですから、そうならないために設計や施工について、通常より格段に慎重になるため、手抜きやミスが発生するリスクが小さくなります。消費者にすればそれだけ安心感が高まるということです。そして万一、トラブルに巻き込まれたとしても、わずか1万円でトラブルの解決を依頼できるのです。
紛争終結件数の53%は解決策が成立
実際、その効果ははかりしれません。これまでこの制度によって1023件の紛争の終結がありましたが、現在までにその53%がなんらかのかたちで解決しています。それも、解決までの期間をみると、図表4にあるように、「3カ月未満」が22%、「3カ月以上6カ月未満」が33%で、半数以上が半年以内に解決しています。
解決内容は、「修補」が34%、「修補と損害賠償」が18%、「損害賠償」が30%などとなっています。消費者が紛争処理を持ち込んだときの解決希望内容の構成割合とさほど大きな違いはありあません。
10万円~20万円なら決して高くはない
それだけ消費者側の希望に沿った解決策になっている割合が高いということではないでしょうか。
建設住宅性能評価書の取得には物件によって10万円から20万円ほどの費用がかかりますが、その費用は住宅ローンに加えることができます。20万円かかるとしても、35年返済のローンなら、毎月返済額が500円ほど増える程度ですから、住まいの安全・安心のためには決して高くないコストです。
トラブルに巻き込まれないためにも、“予防注射”を忘れないようにしたいものです。
(文=山下和之/住宅ジャーナリスト)