2月21日から始まった、東京都の「高齢者を感染から守る宿泊施設への滞在支援事業」がなかなか興味深い。同居家族がいる都内在住の65歳以上の高齢者を家庭内感染から守るため、家族から離れて都内の宿泊施設に滞在する場合に1泊当たり5000円を割引するそうだ。
なお、介助等の付き添いが必要な場合、都内在住の方であれば1名まで利用可能とある。つまり、65歳以上の高齢者と介助者の合計2人が割引金額で宿泊できるわけだ(ちなみに、都の利用者向けのQ&Aによれば「付添人は都内在住であれば高齢者の同居人である必要はありません。また、付添人を含めて、1グループ4名までの利用としてください」とのこと)。
この事業の参加宿泊施設は292施設ある。宿泊料は、1人1泊あたり6000円以上2万円(税込)以下の宿泊プランから5000円引きとし、6泊7日連泊プランが対象となる。これなら、ちょいお高めのホテルにも泊まれるだろう。
こういっては何だが、高齢者夫婦が1泊1万円引きでホテル滞在できることになる。「感染予防」の名目だが、同居家族が感染している必要もない。むろん、利用できる高齢者も都内在住の65歳以上以外の条件は付いていない。ホテル療養とは異なり、未感染の高齢者を対象としているのだから。
なお、この事業は宿泊した高齢者が手続きするのではなく、1泊5000円を差し引いた連泊割引プランを宿泊施設側が提供する立てつけだ。利用する場合は、この支援事業の対象プランであることを確認して予約する。なお、期間は3月31日チェックアウトまでだ。
ホテルにとっても悪い話ではない。宿泊施設あての要綱に「利用者は、宿泊中、食事や日用品の買い物以外では基本的に宿泊施設からの外出を控えていただくため、それを踏まえた宿泊プランを設定すること」とあるので、レストラン付きのホテルなら施設内で飲食してもらうように優待サービスをつけてもいい。エステやジムも積極的に利用してもらえるかもしれない。
意地悪な言い方をすれば、お金に余裕のある65歳以上の夫婦が、東京都のお金で1人3万円引きで1週間ステイできる、優雅なプランにも読めてくる(ただし、高齢者夫婦2人暮らしでは利用できず、他に同居家族がいないと対象外)。
実際にホテル側が出してきた専用プランの一例がこうだ。銀座グランドホテルとホテルインターゲート東京 京橋では、宿泊費は1泊3000円(割引後金額)で、さらに銀座グランドホテルでは館内レストランやランドリーサービスで利用できる3000円分(1人)の館内利用券がセットになる。6泊7日プラン限定だが、それでも税込1万8000円で済むとは破格値だ。各ホテルもどんどん参加してくると思われるが、すぐ売り切れてしまうのではないか。
名前を変えた「都民割」では?
読めば読むほど、これはコロナの名前をラベリングしただけの「都民割」に見えてくる。オミクロン株の感染ピークはゆるやかに低下傾向とはいえ、旅行しようというマインドにはまだ遠い。Go To トラベルの再開もおぼつかず、観光業界は青息吐息だ。特に、都内には昨年のオリ・パラを当て込んで開業やリニューアルをしたホテルも多いだろう。都外からの客も呼びにくい。何やら、それを救うための施策にも見えてくる。
そういえば昨年、Go To トラベルは当分無理と踏んだ国が、感染状況が落ち着いた自治体向けに地域観光事業支援を打ち出していたが、よく見るとそっくりだ。いわく「Go To トラベル事業が再開するまでの間、ステージ2相当以下と判断した都道府県が、同一県内での旅行への割引支援を実施することを決定し、国による支援を希望する場合には、一人一泊当たり5000円を上限として、国から当該都道府県に補助金を交付」というものだったが、結局2021年の東京都は都民割を再開できないままだった。
千葉や埼玉など近隣の県民割にも都民は敬遠され、指をくわえていた人も多かったのではないか。筆者も、おととし当たった千葉県宿泊で使える5000円割引クーポンを保有していたが、都民は対象外のままキャンペーン自体が終わってしまい、悔し涙にくれた。
この先も観光名目では支援が難しそうな昨今、お金と時間に融通が利く高齢者にあくまで感染対策としてホテルステイをしてもらい、優遇策として1泊5000円を割り引く。館内レストランなどの設備が充実しており、そこでもお金を落とせるホテルならより望ましい。よく考えたものだ。
「ホテルガチャ」も大盤振る舞いではなく苦肉の策
感染対策をお題目にした公的な割引には賛否が出そうだが、観光業界が先の見えない厳しい状況なのはよくわかる。県民割の他にも、ホテルはさまざまな取り組みを行ってきた。年末年始にかけて話題になったのが「ホテルガチャ」だ(※現在はいずれも終了)。
東武ホテルグループが実施したのが、1回5555円でACホテル・バイ・マリオット東京銀座の朝食付きプレミアムルームや、日光・中禅寺金谷ホテルの宿泊券など16プランが外れなしで当たるというガチャ。プリンスホテルグループは、ホテルに赴いて1回1万円のメダルを購入しガチャを試すというやり方で、首都圏エリアにある10のホテルでの無料宿泊券や食事券が当たる(事前にガチャ参加のための抽選がある)。ホテルニューオータニは、スイートルーム招待券や割引クーポンなどが当たる、オンラインで引けるガチャを実施した。こちらは無料で、試せるのは1日1回。
何が当たるかわからないというワクワク感、しかもホテル宿泊券という高額商品が当たる可能性がある「宝くじ」感、加えて有料ガチャについては「外れなし」という安心感が、消費者をつい吸い寄せてしまう。
これも、なかなかよくできた仕掛けだ。宿泊券にしろ、レストランの食事券にしろ、当選者は利用するために現地に足を運んでくれる。当たった場所がどこであれだ。複数のホテルを抱えるホテルチェーンなら、なかなかお客が来なくてしんどいホテルへ送客することができる。意地悪い言い方をするなら、お客を呼びたいホテルの「当たり」を多めに入れておく手もあるのだ。
さらに、よくある「抽選で○名様に無料招待券をプレゼント」企画とは異なり、先にガチャ代5555円なり1万円なりを出させるのがキモだ。当選者は、すでに元手をかけている以上、当たった権利を無駄にはしないだろう。絶対に元を取ろうと考え、そのホテルの施設まで確実に足を運んでくれる。
当たった時点で終了のグッズのガチャとは違い、ホテルに宿泊してくれればさらに現地でお金を使うだろうし、レストランの食事券だって、加えてお酒の一杯も頼んでくれるかもしれない。とにかく「来ていただく」ことが肝心だ。それには、ガチャ当選方式はなかなかの妙手と言える。コロナが落ち着いた後の閑散期にも使える手ではないだろうか。
長引くコロナ禍で苦しい業種は多々あるが、飲食業や観光業は大きなダメージから抜け出せないまま、はや3年目に突入する。消費者側からも「コロナが落ち着いたら旅行に行きたい」との声は多い。先の「高齢者を感染から守る…支援事業」はさすがに仰天ワザだが、何とかリベンジ消費まで持ちこたえてほしいと願うばかりだ。
(文=松崎のり子/消費経済ジャーナリスト)
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