443万円。
この数字にピンと来た人は、所得と生活水準について自分が「全体のなかのどこにいるか」が気になる人かもしれない。
443万円とは2021年の日本の給与所得者の平均年収だ。ちなみに正社員の平均年収は508万円、正社員以外だと198万円となっている。
では、日本人の平均年収程度を稼いでいれば、「中流」程度の暮らしができるのだろうか?
平均年収を稼ぐ人は「中流層」か?
『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(小林美希著、講談社刊)は、日本人の平均年収である「443万円」をキーワードに、この年収帯の人々の暮らしぶりつまびらかにする。そこからは、平均年収では「中流」の暮らしを維持することが難しい現実が見えてくる。
同じ年収でも、社会保険料の引き上げなどで可処分所得は減少しているし、物価は上がっている。
そして日本人の給与は減っている。1997年の40~44歳男性の平均年収は645万円だったが、2021年は584万円。45~49歳男性は695万円から630万円に減っている。さらに終身雇用制度は過去の話となり、今後給料が上がっていくという希望を持ちにくい。先々年収が上がっていくと予想できるなかで平均年収を稼ぐのと、希望が持てないなかで平均年収を稼ぐのでは、生活者としての意識は違うはずだ。
年収520万円も月の小遣いは1万5000円「なにもできない」男性の暮らし
本書に登場する、保育業界で働く神奈川県在住の48歳の男性の例。
転職してくる前は別の業界で働いていて年収は800万円ほどあった彼の今の年収は520万円。それでも平均年収である443万円を上回っている。
しかし、妻は専業主婦であり、彼の年収がそのまま世帯年収となると、生活は厳しい。手取りは32万円ほど。毎月貯金を崩しながらどうにか生活しているという。かつては「中流家庭」でも手にできていたマイホームも、手の届かない存在だ。
ただ、「中流」をどこに設定するかで、平均年収の意味合いは変わってくる。仮に夫が会社員として稼ぎ、妻は扶養から外れないよう月収を8万円ほどに調整して働くことで家計が回るのを「中流」だと設定したら、この男性は「中流」なのだろうか?
この男性によると、給料が振り込まれるとまず月1万5000円だという小遣いを財布に入れる。残りは家賃などの生活費と娘の学費保険で消えてしまうどころか、毎月10万円ほどの赤字になってしまうという。これでは仮に妻が働いて月8万円稼いでもまだ赤字だ。年収520万円では妻と娘を養っていくのは厳しい。男性によると「年収が700万円あればトントン」だという。
そして男性自身も月1万5000円の小遣いではほとんど何もできない。基本は弁当を持っていき、外食する際は500円以内に収めている。おごってくれる上司と飲みに行くのが「ご褒美」である。男性の年収は平均を超えているが、「中流」という意識はなく「下の方で生きている」と考えている。
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もちろん独身か結婚しているか、共働きかどうか、子どもがいるかどうかで平均年収である443万円の重みは変わってくる。しかし、本書で紹介されている例からは、たとえ共働きで平均年収を大きく超える世帯年収がある世帯でも、「平均的」とはとてもいいがたい暮らしをしている現状が浮かび上がる。
自分の暮らしぶりを周りと比べることに意味はない。しかし、普通に働いて普通に稼いでいる人が普通に暮らせない社会は、やはり何かがおかしい。この社会のゆがみをもたらしたものが何なのか、そしてこれから日本社会はどうなっていくのか。「平均年収」を稼ぐ人々の苦しい生活からは、「中流層」の静かな地盤沈下が垣間見える。(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。