富士フイルム、卓越した経営 古びた「当たり前」を愚直に実行、主力事業消滅の危機を克服
実は1970年頃、写真フィルムは白黒からカラーへと世代交代をしている。白黒写真フィルムの時代は、写真フィルムメーカーは世界中に何百社とあった。しかしカラー写真フィルムに世代交代すると、それらの会社の多くは淘汰された。そして残った主なカラー写真フィルムメーカーは、米国コダック、独アグファ、コニカ、そして富士フイルムの4社だけだった。その理由は、白黒フィルムの製造技術の延長ではカラー写真フィルムを製造できなかったからだ。三原色の微妙なバランスにより天然色を再現するカラー写真フィルムを製造するには、極めて高度な基盤技術が必要とされたのである。
ここで改めて考えてみると、一見「コア技術」(=強み)と思われがちな写真フィルム技術は、実は「コア技術」ではなく「製品技術」であることがわかる。カラー写真フィルムを製造していたメーカーは、実は高度な基盤技術の集合体である写真フィルム技術を生み出すために、自分たち自身も十分に意識していなかった技術上の強みを持っていたのである。米国コダックが倒産したのは、その強みを生かして新規事業を立ち上げることができなかったからだ。
当時、富士フイルムのトップだった古森重隆社長は、技術開発部門のトップに対して、富士フイルムが持つ技術の棚卸しを命じた。1年半ほどして十数件の基盤技術が整理された。そして富士フイルムがどのような技術を持ち、市場ニーズに対してどのような可能性を秘めているのかを評価していったのだ。その上で、新たに挑戦する新規事業として6つの事業分野が選ばれ、それらの事業が急速に衰退していく写真フィルム事業を代替していったのだ。
化粧品市場に活路
それら新規事業のひとつである「医療・ライフサイエンス事業」での取り組みの例を挙げよう。松田聖子さん、小泉今日子さん、中島みゆきさん、松たか子さんといった大物歌手や女優が登場する、赤を基調とした広告とパッケージが印象的な化粧品「アスタリフト」をご存じだろうか。このアスタリフトは、富士フイルムが同事業において立ち上げた新規事業だ。
実は富士フイルムが持っている十数個の基盤技術のなかで、化粧品市場に生かせる技術があった。
1つめはコラーゲン技術だ。写真フィルムはコラーゲンでできている。肌の張りを保つのにもこのコラーゲンは必要だ。2つめは抗酸化技術。写真の色褪せを防止する抗酸化技術は、肌の老化にも有効だった。3つめはナノテクノロジー。カラー写真フィルム技術で培ったナノテクノロジーを活用すれば、化粧品を肌になじませることもできる。
化粧品市場でこれらの富士フイルムが持つ技術上の強みを必要とする顧客は、「シワやたるみ、日焼けによるシミ・くすみを防止し、肌の張りを瑞々しく保ち、いつまでも若々しい肌を保ちたい」という課題を持っている30〜50代の女性だ。
当たり前のことを愚直に実行
そこで富士フイルムは、アンチエイジング化粧品として、このアスタリフトを開発したのだ。まとめると、次の表のようになる。
いかがだろうか。「自社の強みを見極める」「その強みを必要とするお客様を見極める」「そのお客様の課題を見極める」「お客様が自社を選ぶためには、どうすればいいか考える」――。一見、何も目新しくはない。言い尽くされており、むしろ陳腐化している言葉といってもいい。