ビジネスの場では知能がすべてではない
前回は、新入社員の早期離職の背景にある要因について述べた。今回は、学生時代に成績優秀で、知能の高い人が必ずしも成功しないという、職業キャリア上よく見られる点について述べてみたい。
学生時代に成績が良かった人、または偏差値の高い大学を出た人がビジネス上必ずしも成功していないという例は、誰もが多く目にしていることであろう。何をもって“成功”かという点については、ここでは議論の対象とすることは避けるが、企業の中で貢献度高く働くことができていれば、当人としてもやりがいを感じられやすいであろうし、幸福感も高まりやすいであろう。また、多くの場合、それは出世にも結び付いているに違いない。
学校教育の場においては、知能の高さは即結果となって表われる。特に日本のようにペーパーテストですべてを判断するような方式をとる場合にはそうだ。もし、ペーパーテストだけでなく、正解がない問題に対して自らの主張を展開して、相手に説得力をもって訴求するというような測定の仕方をするのであれば、だいぶ違った結果となるに違いないが。
知能の高さは、ビジネス上も大きな武器であることは間違いない。私も、知能の高い同僚の論理的思考力の高さや学習能力の高さに舌を巻いた経験は数多くある。しかし、ビジネスの場においては、知能の高さはすべてではない。知能レベルでは劣っていても、高い成果を挙げ続ける者もいる。
以下、企業人事の方々とこうしたテーマについて議論を重ねた内容を基に、一つの見解として、「知能の高い人」が成功できない理由を3つに整理して述べたいと思う。
チームワークが苦手である
まず、知能の高い人は、自分の考えに自信を持っているため、他の人の意見を聞く必要はないと思っていることが多いという点が挙げられる。より極端に言えば、チームでディスカッションをすることなど時間の無駄だと思っている節もある。時間を費やして議論したところで、どうせ自分が至った結論に至るだけだし、もしそうでなかったとしたらそれは不正解だというくらいに思っている。チームで考えを出し合って、協力しつつ進めるという仕事の進め方に意味を見出していないのだ。
以前に、米系のコンサルティング会社に勤めていた頃、知能のたいへんに高い部下が、「役割を個人個人に明確に割り振ってください」と言ってきたことがあった。その時の仕事は、チームとしてあまり経験してきていなかった種類のプロジェクトであって、皆で知恵を出し合って試行錯誤しつつ進めてもらいたかった類のものであった。しかし、その当人にとっては、そうしたやり方はさぞフラストレーションが溜まるものであったのだろう。