今年はコロナ禍により、プロ野球のシーズン開けも遅かったことで、日本シリーズも例年よりも1カ月ほど遅く、初冬に差し掛かる11月下旬に行われた。やはりと言うか、選手の総年俸額が1位の福岡ソフトバンクホークスがパ・リーグを制し、同2位の読売巨人軍(ジャイアンツ)がセ・リーグを制した。やはりお金の力は大きいといわざるを得ない。しかし、ロッテは総年俸額が最下位であるにもかかわらず、最後の最後まで見事な戦いをし、優勝争いをした。同じ予算で勝負したならば、ロッテが他を圧倒して優勝したに違いない。
日本シリーズの結果は、昨年と同様、ソフトバンクの4連勝に終わった。シリーズの期間中、ネット上やスポーツ紙上は、ジャイアンツへの批判や非難で溢れていた。特に、ジャイアンツOBと称される評論家たちのコメントが多く取り上げられていた。その内容は、ジャイアンツを応援しようという気持ちが伝わるようなものではなく、単なる批判やダメ出しに終始するものが大半を占めた。始まる前から、辛辣な批判を続け、終わった後にも批判を繰り返していた大物OBとされる人物もいた。
このように出身母体または後輩たちに批判を浴びせ続けるという行為は、ビジネスの世界や政治の世界でも見られることがある。元経営者や元大臣などが、現体制にいろいろと物を言いたがる。しかし、まったく聴く耳を持ってもらえないような場合、自尊心が傷つくのか、事あるごとに批判を繰り返すだけの存在となってしまう。これと似たような構図なのであろうか。聞いていて気持ちのいいものではなかった。選手たちの先輩であるOBたちがこぞって批判する姿は、球場まで足を運び、必死に声援を送り続ける子どもたちには、どのように映ったのであろうか。
そのようななか、ただ一人、終始温かく応援し続けていたジャイアンツOBがいた。中畑清氏である。他のジャイアンツOBたちがこぞってソフトバンクの勝利を予想したなかで、唯一、ジャイアンツの勝利を予想した。ソフトバンクの圧倒的な投手力を見れば、勝つことは容易ではないことは素人目にもわかる。しかし中畑氏は、他のOBたちから、そして世間から嘲笑されることを覚悟の上で、あえて巨人の勝利を掲げ続けた。
むしろ、選手たちと一緒に非難を浴びるならば、それは本望だというくらいの潔さだった。ジャイアンツが3連敗した後にも、ただ一人、温かく「まだまだここからだ」と奮起を促していた。誠に“あっぱれ”である。
「インテグリティ」
ビジネスの世界で最近多く使われるようになってきた言葉に、「インテグリティ」という言葉がある。非常に日本語訳しづらい言葉だが、「高潔さ」と訳されることが多いようだ。この重要な資質こそ、中畑氏と他の評論家たちとを分けるものであったと思われる。
インテグリティは、組織のリーダーに求められる最も重要な資質、価値観を示すものとして、欧米企業の経営理念や行動規範の中に頻繁に使われている。経営学者のピーター・ドラッカーは、著書『現代の経営』で、次のように語っている。
「経営管理者が学ぶことのできない資質、習得することができず、もともと持っていなければならない資質がある。(中略)それは、才能ではなくインテグリティである」
「部下たちは、無能、無知、頼りなさ、不作法など、ほとんどのことは許す。しかし、インテグリティの欠如だけは許さない」
「インテグリティに欠けるものは、いかに知識があり才気があり仕事ができようとも、組織を腐敗させる」
そしてドラッカーは、インテグリティの欠如した人物の具体例を次のように列挙している。
・人の強みではなく、弱みに焦点を合わせる者
・冷笑家
・「何が正しいか」よりも「誰が正しいか」に関心をもつ者
・人格より頭脳を重視する者
・有能な部下を恐れる者
・自らの仕事に高い基準を定めない者
このシリーズ、巨人は金縛り状態だったという解説をある他球団OBの人がしていた。確かに、ソフトバンクは持ち味を存分に出し尽くした一方で、巨人はほとんど出すことができなかった。一方のチームが120%の力を発揮し、もう一方のチームが10%ほども力が発揮できなければ勝負にはならない。そうさせなかったソフトバンクベンチの緻密な戦略もあったであろうが、巨人の選手たちが多くのものを背負い過ぎ、自らを追い込んでしまったということもあったように思われる。
一つにはセ・リーグ全体を背負い過ぎたことだ。日本シリーズは、2012年に巨人が優勝して以降、7年連続でパ・リーグが勝ち続けていた。セ・リーグ覇者としてジャイアンツは相当な覚悟と責任感を持ってこのシリーズに臨んだに違いない。それが気負いとなり、自らにプレッシャーをかけてしまったのではないだろうか。
もう一つは、ジャイアンツOBをはじめとする評論家たちや世間からの批判に対して、結果を出さなければいけないというプレッシャーだ。もちろん、結果こそがすべてのプロの世界、スポーツの世界なので、不甲斐なければ批判されるのは仕方がない。しかし、「ネガティブ・バイアス」という心理効果があるとおり、ネガティブなイメージというのは浸透力が極めて強く、払拭するのが難しい。しかも、短期決戦においては、その影響はことさらに大きいものとなる。ジャイアンツの選手たちは、その短期決戦を戦いながら、自分たちの先輩たちから浴びせられる批判の波とも戦わなければならなかった。敵はソフトバンクだけではなかったのだ。
チームとしてスランプに陥って出口が見えないような状態の中で、気分を変えて元気を出すことはとても難しいことだ。今回、巨人ベンチも、試合中であるにもかかわらず、声を出す選手はほとんどなく、どんよりとした雰囲気でただ座っているという光景が目立った。極めて優れたスポーツ選手たちであってもこうなのだから、ビジネスの世界においては、成果のあがらない連敗続きのような状況の中での感情のコントロールは本当に難しいことであると、改めて感じられた。
短期的に人が育つということはない
インテグリティに話を戻すと、今回の日本シリーズを通して、もう一人、このインテグリティが強く感じられた人物がいた。それは、ソフトバンクの工藤監督である。工藤監督は、圧倒的優位な状況のなかでも、ジャイアンツへの敬意を忘れず、一切気を抜かずに、細かな継投をするなど、精いっぱいの戦いを続けた。勝負の本当の怖さを知っているがゆえのことであろう。
工藤監督に関して、今回のシリーズのなかで印象に残る場面があった。それは優勝が決まった4戦目の終盤、中継ぎに出た投手が1回を無事に押さえてベンチに戻った後、工藤監督はその投手の近くに歩み寄り、しばらくの間、丁寧にアドバイスを送っていた。おそらくは、今の投球内容について一緒に振り返っていたのだろう。決して悪い投球内容ではなかったが。なぜそのようなことをしたかといえば、もちろん、その投手の成長を願ってのことだろう。きっとその投手は来期以降、大きな戦力になるはずだ。並みの監督であったなら、優勝が決まりかけている試合の最中に、そのようなことはしない。グラウンドにだけ意識を集中していたはずだ。
ビジネスの世界でも、どうしても目先の成果にばかり目が行きがちであり、中長期的な視点は疎かになりがちだ。人材育成もまさしく中長期的な視点が不可欠な取り組みである。短期的に人が育つということはないからだ。しかし、そのような視点を持たない限り、短期的に成果があがることはあっても、長続きはしない。ソフトバンクホークスも、こういう監督であるからこそ、何年もの間、高いチーム力を維持し続けられるのであろう。この工藤監督が評論家の立場であったならば、今回のジャイアンツに対してどのようなコメントを発したのか、聞いてみたい気もした。
(文=相原孝夫/HRアドバンテージ社長、人事・組織コンサルタント)