もし、「大柄な男が誤って落下する」ということであれば、比率は最初の問題と変わらないだろうと北村氏は指摘する。
確かに、自分が直接的に関わらないことなら合理的な思考ができるのだが、直接関わるとなると途端に合理的に考えられなくなることが多々ある。いかに理に適っているとしても、自分が十字架を背負うかもしれないとなれば、怖気づくのは当然だ。
ありえない状況を現場にできる「思考実験」は、どんな時でも理に適った判断をするために必要な思考力とメンタルを身に付けさせてくれる。
■すべての材料が取り換えられた船は「本物」といえるのか?
もう一つ、本書で取り上げられている有名な「思考実験」を紹介しよう。
古代ギリシャのアテネに「テセウスの船」という船が長い年月にわたり大切に保管されていた。そして、材料の老朽化が進むと、その度に修理が施され、いつの間にか元々あった材料はすべて新しいものに取り換えられていた。
しかし、ここである疑問が提示される。現役当時の船の材料は一切ないのに、あれは「テセウスの船」と言えるのだろうか? さらに、職人たちは取り換えられた元の材料を集め、船を作り上げる。これは「テセウスの船」と言えるのか?
問題の焦点は、何をもってすれば「テセウスの船」といえるのかということだ。
再び船としての使うことを目的として保管されているならば、修理が施された「テセウスの船」が本物と見なされるべきだろう。ただ、すでに船としての機能は必要ないのであれば、最初の材料を使って復元された「テセウスの船」の方が本物とされるはずだ。
つまり、何をもって「同じ」とみなすかということで答えは変わる。そして、この「同じ」は時と場合、そして人によっても変化する。
そこまで思考を張り巡らし、誰もが納得する形に落とすことが論理的思考の役割なのだ。
ビジネスの現場では、正しい答えがない問題に対峙することも多く、最適な解を導き出し、選ぶことが求められる。
そのために必要な思考力を身につけるには、やはり考え抜くことである。さまざまなテクニックを駆使しながら、考えることを途中でやめないことで思考の癖付けをしていくのだ。