『シン・仮面ライダー』の殺陣が興味深い…ビジネスにも役立つ創造的作業での重要事項
先日、知人宅でドキュメンタリー番組『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』(NHK総合)をみる機会があった。
ご存じの方も多いだろうが『シン・仮面ライダー』(東映)は、テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』を世に送り出した庵野秀明氏が脚本・監督を務めた映画である。筆者が興味深いと感じたポイントは、悪役であるショッカーたちと仮面ライダーとの殺陣(たて:俳優が演じる格闘シーン)の演出である。
一流の殺陣師が入念に練り上げたプランのもと、プロのスーツアクター(着ぐるみを着用してスタントなどを行う俳優)が演じるシーンに対して、庵野氏は納得がいかず、なかなかOKを出さない。さらに、その理由について庵野氏自身も上手く言語化できない。大きな違和感を覚えるものの、それが何かはわからないと苦悩する。
その後、違和感の主たる要因は、殺陣のプロたちによる完成度の高さが、いわゆる“決まりごと”のような印象を与え、「作り物っぽさ、嘘っぽさ」に帰結しているとの結論に至る。結果、「かっこよさなどは犠牲にしても、決まりごとのような殺陣は一切排除し、とにかく必死にお互いを殺し合うようにやってくれ」との指示を出す。自分たちがこれまで信じていたものを全否定され、困惑するプロの殺陣集団。現場の雰囲気は最悪の状況となる――。
さて、どちらが、何が正しいのだろうか。
大学院で社会人がビジネスを学ぶ意味
4月より筆者は香川大学大学院地域マネジメント研究科で教鞭をとっている。本研究科は専門職大学院、いわゆる社会人MBAである。実務家でもある院生たちの主たるニーズは、通常の院生とは異なり、アカデミックな研究に加え、自らの業務への有益なフィードバックや起業、地域貢献に関わるプランなど、実践的なアウトプットである。
もちろん、実践的なアウトプットに対しても、アカデミックな研究が有益であることは言うまでもない。アカデミックな研究の特徴として、過去の関連文献を読み込む先行研究調査などが挙げられるが、筆者は「価値ある“なぜ”の探究」が重要なポイントであると信じている。
先行研究調査を通じて、何がどこまで明らかになっているかを踏まえ、明確化していない価値ある問題を見つけ、その要因を明らかにしていくということである。原因さえ特定できれば、後はそれをひっくり返すことで自然と明確な根拠を持つ解決策が生まれるはずだ。
単なる個人の思い付きによるアイデアと異なり、こうした解決策の導出においては、強引な論理の飛躍がなく、問題への整合性も高い。結果、多くの人から高く評価され、成功確率も高くなるだろう。少なくとも研究者である筆者の立場からすれば、「価値ある“なぜ”の探究」を踏まえたビジネスプランのほうが正しく、レベルが高いように感じてしまう。
一方で、こうした考えは本当に正しいのか、さらに言えば、常に正しい唯一の方法なのか、との疑問を抱く部分もある。例えば、多くの論文が「問題の所在」から始まるように、上記で述べたことはユニークな発想ではなく、いわゆるセオリーであり、よって多くの人が用いるアプローチである。結果、アウトプットも凡庸なものに終わってしまうかもしれない。また、ビジネスプランにおいて論理的整合性を強く意識しすぎると、何の驚きもないものとなってしまうリスクも考えられる。
かといって、自らの熱い思いだけで好き勝手にビジネスプランを作成するのなら、大学院に通う意味、そもそもビジネススクールの存在意義すら極めて怪しいものになってしまう。
あらゆる創造的作業において重要なこと
基本とオリジナリティ、客観性と主観性、冷静さと熱い思い、顧客本位と自己本位、論理的整合性と驚きの創出。これらのバランスをいかに保ち、深化させていくのか。これらは、あらゆる創造的作業において重要なテーマであろう。
筆者の指導・助言により、体裁は整っているが迫力のないショッカーと仮面ライダーの殺陣のような修士論文にならぬように日々自問自答していかねばと思いつつ、番組をみた次第である。
(文=大崎孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科教授)