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江川紹子の「事件ウオッチ」第1回

袴田、飯塚…相次ぐ再審請求、なぜ裁判所の判断分かれる?露呈した検察の証拠隠蔽体質

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弁護側の味噌漬け実験で味噌の色に染まったシャツ(左)と、証拠開示で明らかになった発見直後のシャツ(右)。

 裁判のやり直しを求める再審請求についての裁判所の判断が相次いだ。准看護師が筋弛緩剤で患者を死傷したとされた北陵クリニック事件で3月25日に仙台地裁が、味噌会社の専務一家殺害で元プロボクサーが死刑を宣告されていた袴田事件について同月27日に静岡地裁が、女児2人の殺害ですでに死刑が執行されている飯塚事件について同月31日に福岡地裁が、それぞれ決定を出した。

 このうち、再審開始が決定されたのは袴田事件のみ。日本の裁判所における、再審の扉の堅さと厚さを改めて印象づけた。

 飯塚事件は、袴田事件と同じ鑑定人によるDNA鑑定の結果が弁護側の再審請求の柱になっていたことから、再審開始を期待する声もあった。それが実らなかった理由を、取り返しのつかない死刑執行をした後なので再審のハードルが高かったと考える人もいるが、それはいささか短絡的すぎる。

 両事件の再審請求には、2つの大きな違いがある。1つは、DNA鑑定以外の争点や証拠の豊富さであり、もう1つは新たな鑑定が行えたか否かだ。

●証拠開示によって明らかになった複数の新事実

 袴田事件では、再審請求の過程で、検察側がこれまで隠していた600点以上の証拠が開示され、そこには被告人の袴田巌さんにとって有利なものがいくつも含まれていた。

 その最たるものは、有罪判決の最有力証拠であった血染めの5点の衣類に関する証拠だった。この衣類は、事件発生後1年2カ月たって、味噌製造タンクから発見されたもの。これらの衣類は、袴田さんが犯行時に着ていたとされ、血液は被害者や袴田さん自身のものとされた。証拠開示で、衣類が発見された直後に撮影されたカラー写真が明らかにされた。その血痕は、1年2カ月もの間味噌漬けになっていたとは思えないほど鮮やかで、布地も元の色をとどめていた。弁護側が似たような衣類を使って“味噌漬け実験”を行ったところ、生地は味噌の色に染まり、血液の部分はほとんど黒くなっていた。

証拠とされたズボン。袴田さんには履けないサイズにもかかわらず、犯行時に着ていたとされた。

 加えて、ズボンについていたタグのBという表示は、サイズではなく色を示す記号であり、ズボンは細身用のサイズだったことも、証拠開示によってわかった。かつての裁判で着装実験を行ったが、袴田さんにはこのズボンはきつすぎて履けなかった。にもかかわらず、このズボンはサイズがB体(太め用)で袴田さんも十分履けたのだが、味噌漬けの後に乾燥されて縮んでしまったとか、袴田さんが逮捕後に太ったとかいう理由で、問題を片付けてしまった。ところが、開示された証拠によって、そもそも袴田さんには履けないY体(細身用)サイズだったことが明らかになった。

 このように、衣類は袴田さんが犯行時に着ていたものとする確定判決に対する疑問がいくつも生じたうえ、弁護側のDNA鑑定によれば、衣類の血痕は袴田さんや被害者のものではない、という結果が出た。いわば、証拠開示によって明らかになったいくつもの新事実が、有機的重層的にDNA鑑定を支えている格好だ。

●検察の都合で「なかった」ものが「あった」ことに

 一方の飯塚事件は、そうした構造になっていない。DNA鑑定以外には、目撃証言に疑問を投げかける心理学者の鑑定書など、争点は非常に限られている。しかもそれぞれがばらばらの争点となっており、有機的なつながりが希薄。裁判所は、弁護側DNA鑑定によって、確定判決が依拠した鑑定の証明力が弱まったとしながら、他の証拠によって証明は十分だとして、請求を退けた。

 そのうえ、袴田事件では衣類の血痕から新たにDNAを採取して鑑定を行ったが、飯塚事件の場合は捜査段階ですべての試料を使い切っており、最新の技術を使った再鑑定が行えない。そのため、原鑑定で撮影した写真を利用しての鑑定になった。

 捜査機関は本来、再鑑定に備えて試料を残しておかなければならない。そうでなければ、捜査側の鑑定結果が本当に正しかったかどうか確認しにくいからだ。それにもかかわらず捜査機関が試料を使い切ってしまった場合、裁判所は「試料が少なかったのでやむを得ない」という理屈で、被告人側に不利益を押しつけるのが常だ。

 今回、再審請求を退けられた北陵クリニック事件も同様だった。捜査機関が点滴ボトルに残った成分の鑑定で試料を使い切ったとして、弁護側の再鑑定はできないまま、有罪判決が出た。ところが、再審請求の過程で、検察側は突如「鑑定試料が冷凍保存されていたので、それを使って分析した」として新たな証拠を出してきた。

 こんなふうに、「なかった」はずのものが、検察の都合で「あった」ことになる場合もある。だが、それも弁護側には提供されないまま、再び捜査側だけで使い切ってしまうというのは、著しくフェアネスに欠けるのではないか。

 捜査機関が税金を使って集めた証拠は、検察側だけのものではない。弁護側が必要とする証拠は利用できるようにし、検察側と弁護側の双方向から事実に光を与えることで、真相に迫るのが、裁判のあるべき姿のはずだ。それによって、袴田事件のように新事実が見えて事態が大きく動くこともある。社会にとって大切なのは、確定判決を守ることではなく、真相に迫ることだろう。

 そのために大事なのは、証拠開示だ。これから裁判が行われる新しい事件はもちろんだが、過去の裁判結果の見直しを求める再審請求審でも、検察側が早い段階で全証拠の開示に応じることを義務づける制度改革が必要だと思う。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

●江川紹子(えがわ・しょうこ)
東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。元厚労省局長・村木厚子さんの『私は負けない「郵便不正事件」はこうして作られた』では取材・構成を担当。クラシック音楽への造詣も深い。
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