がん検診が「がん」をつくっている恐れ…胃がん検診に正当な根拠なし
「胃がん検診」は、厚生労働省が定めた指針に従って全国の市町村が実施しているものです。その指針の中で根拠とされているのが、「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン」なるものです。いったいどんな内容でしょうか?
簡単にいえば、胃がん検診の有効性を調べたという調査報告が国内外で5つあり、それらの結果をまとめてみた、という内容になっています。どの調査も方法はほぼ同じで、まず胃がんで死亡した人たち(患者群)をコンピューターで検索し、過去の胃がん検診の受診率を調べます。次に健康な人たち(対照群)を、年齢、性別、居住地域が一致するようにコンピューターで選び出し、同じ要領で受診率を調べたというものです。
もし患者群のほうで受診率が低ければ、胃がん検診を受けなかったために死者の数が増えたと主張できる、という発想です。
ガイドラインを開いてみると、これら調査のうち4つのデータがグラフ表示されていますが、その1つでは「患者群と対照群で受診率に差がなかった」となっています。また、なぜかグラフから外されてしまった5つ目の論文を筆者が探して読んでみたところ、やはり差がないと結論したものでした。
さらに、同ガイドラインで挙げられていた論文をすべて子細に読んでみると、差があったと結論した論文の1つで、「男女にわけて分析したら」「過去1年以内の受診率を除外してみると」など、なりふり構わぬ分析が行われていました。
つまり、都合のいい結果が出るまでデータを小分けにして分析を繰り返していたという意味ですが、このようなやり方は適切だといえるでしょうか。
たとえば会社の上司が部下とマージャンをしていて、負けが続いたあとに自分が勝ったところでお開きにして、「やっぱり俺は強かった!」と言っているようなものではないでしょうか。
統計学の重要性
このような問題をすっきりさせるための数学が、「統計学」です。統計学では、同じ目的の調査を100回繰り返したと仮定して、95回以上で同じ結果になるほどの明確な差が理論上認められたとき、「有意差あり」と表現します。しかし、この「差がある」と結論づけた論文は、すでに分析の過程で「差がなかった」という失敗を繰り返していたわけですから、結論は「有意差なし」となるはずなのです。
この種の間違いは、医学の専門家ではあっても統計学の専門家でない研究者が陥りやすい落とし穴として、昔から知られていたものです。
結局、ガイドラインで科学的根拠として取り上げられた5つの調査論文のうち、3つまでが、胃がん死亡を減少させる効果を証明できていませんでした。
その後、以下のような新しいスタイルの調査も行われています。ある論文は、一般市民にアンケート用紙を送付し、回答があった人たちを13年間も追跡したと報じています。アンケートでは、「過去1年以内に胃がん検診を受けましたか?」という質問とともに喫煙、飲酒、運動習慣、食生活などが問われました。最新の統計学によれば、このようなデータから、結果に影響を及ぼす要因を計算で消し去ることができますので、この点は大いに評価できるところです。
その結果、「過去1年以内に胃がん検診を受けた人」は、その後の13年間で、胃がんによる死亡が46%も少なくなり、また原因によらず死亡した人の総数も17%少なくなっていたそうです。この結果に対しては、
「胃がん検診は13年に1回受ければいいのか?」
「胃がん検診を1回受けるだけで、生存者が2割近くも増えるのはなぜか?」
など、素朴な疑問が次々に浮かんできます。このように不自然な結論になってしまうのは、方法に根本的な間違いがあったからです(9月10日付の本連載記事参照)。
結局、ガイドラインの内容は杜撰であり、また斬新な統計学を駆使して行われたはずの新しい研究成果も、実は信頼性に欠けるものでした。
最近は、レントゲン検査ではなく胃カメラによる検診が普及していますが、その効果を証明したデータも今のところありません。いかなる胃がん検診も、それを正当化する根拠は存在しないのです。
むしろエックス線による被曝で、新たな胃がんがつくり出されている可能性さえあります。がん検診を中止しない限り、胃がんは日本から永久になくならないことでしょう。
(文=岡田正彦/新潟大学名誉教授)
参考文献:Int J Cancer 2003;106:103-7.