富と情報、人が集中する日本の首都・東京。特に「東京23区」と呼ばれる特別区は、全国の多くの自治体の中でも1人勝ちといっていいエリアだ。しかし、ひと口に23区といっても、大使館や有名企業の本社が集結している港区、最新のファッショントレンドを発信する渋谷区、町工場が点在する墨田区や大田区など、それぞれ特色が異なり、さらに居住者の年収や学歴、職業などによって、23区間に大きな「格差」が生じているという。
なぜ区によって所得水準などの格差が生まれるのだろうか。23区間の格差をデータから読み解いた話題の本『23区格差』(中公新書ラクレ)の著者で、一般社団法人東京23区研究所所長の池田利道氏に話を聞いた。
23区の格差は江戸時代の大名屋敷が原因?
2012年の総務省調査データを見ると、23区の平均所得水準は429万円で、全国平均の321万円の1.3倍以上である。そのなかでも、群を抜いているのが港区の904万円で、続いて千代田区の763万円、渋谷区の684万円がトップ3となっている。そして、最下位となった足立区の所得水準は全国平均とほぼ同じ323万円で、あくまでも区間だけで比較するとトップの港区と約2.7倍の差が開いた。
池田氏によれば、「年収」「学歴」「職業」の3つを共通項とした際、すべての項目で上位にランクインする“勝ち組”と呼べるのは、港区、千代田区、中央区、文京区などの都心部、そして渋谷区、目黒区、世田谷あたりの西南部だという。なぜこれらの区が勝ち組になり得たのだろうか。
池田氏は、「実は、都心に高学歴や高所得者が住むというのは、世界的にはあまり一般的なことではありません」と指摘する。
「ニューヨークやパリ、ロンドンを見てもわかりますが、海外の場合、都心部はスラムとまではいかなくても、低所得者や現場労働者、移民が住むケースがほとんどです。では、なぜ東京だけが都心に高級住宅街が立地したのか。それは、江戸時代に建てられた“大名屋敷”の存在なくしては語れません。六本木ヒルズや赤坂サカス、東京大学など、こういった場所はすべて大名屋敷の跡地です。そのため近代化以降、まとまった土地を使った開発が可能になったのです」(池田氏)
また、渋谷区や目黒区、世田谷区の場合、大正後期から昭和初期に起きた東京の大膨張にあたり、いち早く鉄道が敷かれ、住宅開発が進んだことも大きいという。
「つまり、東京都心に勝ち組の区が集まったのは、豊かなストックをベースに、非凡な人達が住む街になったことが理由と考えられます」
技術力を押し出せば負け組の区でもチャンスあり
こうした歴史的な背景によって生まれた23区の格差は、ずっとこのまま固定され続けてしまうのか。池田氏によれば、現在は所得水準の低い区でも、やり方によっては上位の区を追い抜く下剋上的な発展も可能だという。
「都市は“ものづくり”を土台に発展していくという側面を持っています。以前、あるセミナーで『ソフトのないハードは意味がない。しかし、ソフトがハードを超えることは絶対にできない』という言葉を耳にしたことがあります。たとえば、莫大な富を生み出すIT業界のリーディングカンパニーが集まる、米シリコンバレーを例にとってみるとわかりやすいです。
かつてスタンフォード大学の同級生だったウィリアム・ヒューレットとデイヴィッド・パッカードが、大学の周辺でヒューレット・パッカードを創業し、その後同じ地域に電子産業の元になる会社を設立した若者たちがこぞって集まってきました。この地域が後にシリコンバレーと呼ばれるようになり、アップルやグーグル、フェイスブックといった企業が集積する一大拠点に成長したのです」(同)
シリコンバレーのように、技術力という個性を前面に押し出せば、“負け組”の区も巻き返しが可能になるかもしれない。ちなみに、技術者や研究者が多い区のトップ3は、大田区、品川区、江東区だ。品川区の所得水準は400万円台前半、大田区と江東区は300万円台である。
「情報産業やライフサイエンス、バイオなど、どの産業を例にとっても高度な技能がなければ花開きません。これらは、まだ職人の手作業によって担保されています。大田区や品川区、江東区が培ってきた技術力は、ある意味シリコンバレーよりも強いと思います。
東京が将来にわたって都市としてのブランドを持ち続け発展していくためにも、ものづくりを残していくことが大事です。ブランド区になれるかどうかはわかりませんが、ものづくりの伝統をしっかり残している区というのは、世の中が変革するときでも、したたかに生き残っていけるのではないでしょうか」
これからは、港区、渋谷区といったブランド力だけではなく、より確かな技術力を持つ区が東京の発展を牽引していく時代となるのかもしれない。
(文=末吉陽子)
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