財政関係の政策決定者や財政学者等の一部を除き、10年前(小泉政権時代)の「平成18年度税制改正大綱」の中身を覚えている国民は多くないはずである。
だが、06年度大綱の2ページには、「税制面においても、平成19年度を目途に、少子・長寿化社会における年金、医療、介護等の社会保障給付や少子化対策に要する費用の見直し等を踏まえつつ、その費用をあらゆる世代が広く公平に分かち合う観点から、消費税を含む税体系の抜本的改革を実現させるべく、取り組んでいく」といった内容が盛り込まれている。
この内容は、麻生政権時代において、「所得税法等の一部を改正する法律(平成21年法律第13号)」の附則104条(以下参照)に盛り込まれるという流れをつくった。
<(税制の抜本的な改革に係る措置)
第百四条 政府は、基礎年金の国庫負担割合の二分の一への引上げのための財源措置並びに年金、医療及び介護の社会保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する費用の見通しを踏まえつつ、平成二十年度を含む三年以内の景気回復に向けた集中的な取組により経済状況を好転させることを前提として、遅滞なく、かつ、段階的に消費税を含む税制の抜本的な改革を行うため、平成二十三年度までに必要な法制上の措置を講ずるものとする。この場合において、当該改革は、二千十年代(平成二十二年から平成三十一年までの期間をいう。)の半ばまでに持続可能な財政構造を確立することを旨とするものとする。
2 (略)
3 第一項の措置は、次に定める基本的方向性により検討を加え、その結果に基づいて講じられるものとする。
一 個人所得課税については、格差の是正及び所得再分配機能の回復の観点から、各種控除及び税率構造を見直し、最高税率及び給与所得控除の上限の調整等により高所得者の税負担を引き上げるとともに、給付付き税額控除(給付と税額控除を適切に組み合わせて行う仕組みその他これに準ずるものをいう。)の検討を含む歳出面も合わせた総合的な取組の中で子育て等に配慮して中低所得者世帯の負担の軽減を検討すること並びに金融所得課税の一体化を更に推進すること。
二 (略)
三 消費課税については、その負担が確実に国民に還元されることを明らかにする観点から、消費税の全額が制度として確立された年金、医療及び介護の社会保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する費用に充てられることが予算及び決算において明確化されることを前提に、消費税の税率を検討すること。その際、歳出面も合わせた視点に立って複数税率の検討等の総合的な取組を行うことにより低所得者への配慮について検討すること。
四~八 (略)>
この附則104条を梃子(てこ)として、社会保障・税一体改革の検討が進み、民主党政権時代の12年8月、消費税増税法案(正式名称「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の一部を改正する等の法律案」)が成立した。
そして、安倍首相は同法に基づき14年4月に消費税率を5%から8%に引き上げた。15年10月に予定していた消費税率10%への引き上げは、安倍首相の判断で一時的に先送りされたが、現在のところ改正後の同法に基づき、17年4月に消費税率を10%に引き上げる予定である。
16年度税制改正大綱
以上の通り、社会保障・税一体改革は06年度税制改正大綱に盛り込まれた内容からスタートしているが、マスコミ等の報道は一切ないものの、似た内容が「平成28年度税制改正大綱」にも盛り込まれている。
具体的には、16年度大綱の13ページ上段に「(2)財政健全化目標との関係や平成30年度の『経済・財政再生計画』の中間評価を踏まえつつ、消費税制度を含む税制の構造改革や社会保障制度改革等の歳入及び歳出の在り方について検討を加え、必要な措置を講ずる」という内容の記載がある。
仮にこの内容が16年度の「所得税法等の一部を改正する法律案」の附則に盛り込まれ、法案が成立した場合、新たな社会保障・税一体改革を推進する契機となる可能性を秘めている。改革は静かに始まっており、あとは政治がそれを後押しする度量があるか否かである。
06年度の税制改正大綱から静かにスタートした社会保障・税一体改革は、国家百年の計として、自民党の与謝野馨議員と柳澤伯夫議員、民主党の野田佳彦議員らが強力にプッシュすることで実現した。
今回も、16年を「新たな社会保障・税一体改革」推進の元年にするため、そのような真の政治家が出現することを期待したい。
(文=小黒一正/法政大学経済学部教授)