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甘利明、黒すぎた政治活動…パチンコ・電力業界から巨額資金提供、業界利益優先に暗躍

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自由民主党本部(「Wikipedia」より/Keramahani)
「週刊文春」(文藝春秋)の現金授受疑惑報道から1週間が経過した1月28日、甘利明経済再生担当相は記者会見で閣僚を辞任すると表明した。


「これまで大きなスキャンダルに発展してこなかったほうが不思議なくらいだ。彼は多くの業界団体と関係が深い商工族で、さまざまな政治的局面で暗躍してきた」(全国紙政治部記者)

 甘利氏といえば原発推進派で知られており、福島の原発事故からわずか2カ月後に原発維持を目的とした「エネルギー政策合同会議」を発足した。東京電力は、国会議員を電力業界にとっての重要度でランク付けした“原発議員”たちのパーティー券を大量購入してきた。甘利氏も2010年までの数年間、その原発議員ランキングでトップテンに入っており、東電と関連企業が購入した甘利氏のパーティー券の総額は年間1000万円以上ともいわれている。

 今年4月から電力の完全自由化がスタートされるが、発送電分離はこれまでも何回か議論されてきたテーマで、ことごとく潰されてきた。

 01年11月、総合資源エネルギー調査会(経産省の諮問機関)の分科会で、家庭まで含めた小売り自由化の議論が始まった。東電の南直哉社長(当時)は02年4月、家庭まで含めた自由化の受け入れを表明するものの、発送電一体堅持の姿勢は崩さなかった。

 02年、発送電分離を目指す経産省と、これに抵抗する電力会社側の闘いが続いていた。電力会社側は自民党の族議員にすがって分離を阻止しようとした。このとき、自民党のエネルギー総合政策小委員会の委員長だったのが甘利氏だ。

 事務局長は東電副社長から参院議員になった加納時男氏で、この委員会で発送電分離の議論はことごとく却下された。甘利氏は原発を柱に据える「エネルギー政策基本法」を02年6月に議員立法として成立させた。当時のことをよく知る政府関係者は次のように語る。

「経産省で発送電分離に動いていた若手たちが大けがして終わった。主流から外されたり、省の外に出された人もいる。出世したのは、発送電分離から降りて、うまく折り合いをつけた人たちだ」

 このときの影響が大きく、その後省内で改革派と呼べる若手は育たず、結局電力改革は11年の東電福島原発事故まで待つことになるのである。

パチンコ業界との関係


 甘利氏はパチンコ業界とも関係が深い。06~12年の7年間にパーティー券購入という形で、パチンコ業界から1400万円を超す資金提供を受けていた。「甘利明を囲む会」という政治資金集めパーティーが毎年数回開かれてきたが、06年、10年、11年の各1回、パーティー券を各150万円、計450万円分購入していたのは、パチンコ・パチスロメーカー大手のSANKYOだった。