かつて国民的テレビ番組だった『水戸黄門』(TBS系)を覚えていますか? 身分を隠した水戸光圀(水戸黄門)一行が諸国漫遊の旅先で、悪徳商人や悪代官から被害を受けている人たちと出会うところから話は始まり、家臣の助さん・格さんらが事件の真相を探り、最後は葵の御紋の印籠を掲げて一件落着というお話です。毎回、同じパターンなのですが、多くの日本人に愛され、長年にわたり放送されてきた人気番組でした。
では、なぜ『水戸黄門』は人気があったのでしょうか?
その理由のひとつに、「事件(トラブル)発生→解決という時間配列」「登場人物のキャラクターの明確化」といった人々を物語に惹きつける要素が、一話完結のドラマにきちんと組み込まれていたことが挙げられます。
『水戸黄門』では、必ず事件(トラブル)が発生します。そのトラブルには、3つの立場の登場人物がいます。
・英雄:水戸黄門
・悪人:悪徳商人、悪代官
・犠牲者:善良な町人・農民
そして、悪人と犠牲者との間で起きた事件を英雄が解決する。視聴者は、犠牲となっている町人・農民の立場に自分自身を投影し、事の成り行きをドキドキ・ハラハラときに怒りの感情を抱きつつ見守り、最後に水戸黄門が悪徳商人や悪代官を成敗することで溜飲を下げる。
しかし、この定番のパターンは、本連載のテーマである医療・健康情報においては、悪用されているのではないかと考えられるケースが見受けられます。
例えば、「医療を否定する書籍」について考えてみます。
・英雄:本の著者
・悪人:利益最優先の製薬企業やそれら企業から賄賂を受け取る悪徳医師
・犠牲者:薬漬けにされ、副作用に苦しむ患者
また、本連載前回記事で取り上げたような、「食品添加物の危険を訴える記事」にも同様のパターンが見受けられます。
・英雄:記事の著者
・悪人:危険と知りながら利益重視で添加物の入った食品を製造・販売する企業
・犠牲者:食品添加物の危険を知らされずに食べ続ける消費者
このような物語としての鉄板パターンは、医療否定本がミリオンセラーになっていたり、食品添加物の危険をことさら煽るインターネット記事のアクセス数が爆発的に増えたりする事実を踏まえると、やはり多くの人々の興味関心を集めるきっかけにもなっているようです。
そして、本や記事の著者は、正義の味方を演じる英雄さながらです。時には、都市伝説のような陰謀論にも絡め、巨悪な組織に迫害を受けている悲劇のヒーローを演じていたりもします。
火のないところに、あえて煙を立てているのではないか
しかし、ここで一度冷静に考えてみてください。
薬に副作用があることは事実ですが、病気が治るというメリットもあります。食品添加物で健康被害が起こるリスクはゼロではないですが、限りなくゼロに近いです。感情に訴えるストーリー展開と明確化されたキャラクターによって、事実に対する正確な理解が妨げられてしまってはいないでしょうか。
大切なのは「メリットとデメリットのバランス」「リスクの具体的な数字」を理解することです。
そして、さらに気をつけてもらいたいことがあります。本や記事の著者は、水戸黄門のように、本当に善意からくる無償の行為として執筆活動をしているのでしょうか。無理やり「悪人」と「犠牲者」をつくり上げ、自分自身を「英雄」に仕立て上げている自作自演の可能性はないでしょうか。
もし、そのようなことがあるとすれば、書籍や記事の印税、さらにはテレビ番組への出演料や講演活動の謝礼などで儲けるために、火のないところにあえて煙を立てているのかもしれません。
そんなときは、助さん格さんに真相を暴いてもらい、水戸黄門には「だまらっしゃい!」との決め台詞で、デマが流れないようにしてもらいたいものです。
(文=大野智/医師、大阪大学大学院医学系研究科統合医療学寄付講座准教授)