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岩井コスモ証券、中堅企業が名門を呑み込んだ稀代の買収劇の真相

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※画像:『ホンマに、おおきに! ――岩井コスモ証券100年物語』(元岡俊一/著、ダイヤモンド社/刊)

 平成不況、そしてリーマンショック、私たちは度々大きな経済不況を経験してきた。もちろん、不況に負けずに生き残ることはどの企業にとっても大変なことだが、もっとも影響を受けやすいのは銀行や証券会社といった金融機関だろう。不況というのは多くの場合、株価の暴落という形で表れるからだ。

 岸和田(大阪府)出身の証券会社・岩井コスモ証券は、そんな景気の荒波を乗り越え、今年創業100周年を迎える。実は同社は、岩井証券とコスモ証券が合併して誕生した新会社で、当時中堅地場証券だった岩井証券が、3倍差の規模を持つ老舗の名門企業を買収したことで業界を驚かせた。

 「買収」といえば規模の大きな会社が小さな会社を吸収する形で行われるのが定石だが、この場合は小が大を呑んだことで話題を呼んだ。なぜこのような稀代の買収劇を行ったのか。

 『ホンマに、おおきに! ――岩井コスモ証券100年物語』(元岡俊一/著、ダイヤモンド社/刊)によると、2008年9月に起きたリーマンショックは岩井証券にも大きな影を落としていた。同年3月期には24億円もの経常黒字を確保していたが、リーマンショック後は営業収益が前期比で3割減。事業環境の悪化に伴い岡山、仙台など3か所のコールセンターを閉鎖して固定費削減を図ったが、2009年3月期は2億円以上の経常損失を出してしまっていた。

 アメリカのサブプライムローン問題への懸念が日本でも高まり始めた頃、同社社長の沖津嘉昭氏は金融業界に「魔物のようなもの」が潜んでいるような不気味な感覚にとらわれていたという。

 「魔物」とは、その後すぐに起きたリーマンショックではなかった。経済全体の低成長や人口減少、国内産業の空洞化といった外的要因に加えて、証券業界が「証券の電子化」や「証券売買システムの発達」を進めたことにより、それらへの対応と維持に莫大なコストがかかるようになっていたことだったのだ。つまり、利益を出しにくい状況になる一方で、収益増につながらないコストがかさむという悪循環である。これは岩井証券だけでなく、業界全体に共通する問題――、すなわちこれこそが証券業界に潜む魔物の正体だった。

 この難局をいかに乗り切るか。

 そんな時、沖津氏の目に飛び込んできたのが「コスモ証券売却」のニュースだった。

 当時CSKグループの傘下にあったコスモ証券もリーマンショック以降業績が急降下し、2009年3月期には63億円もの経常損失を出していた。

 しかし沖津氏には対面取引が主体のコスモ証券と、非対面取引に強みを持つ岩井証券が合併すれば更なる成長曲線を描けるだろうという公算があった。また、お互いの支店所在地で被りが少なかったことも幸いした。沖津氏がコスト削減策として切った買収カードは、当時コスモ証券の社員でさえ予想だにしていない奇策だった。何しろコスモ証券は岩井証券の3倍規模。沖津氏本人も本当に買収できるのか半信半疑という状況だった。

 買収に至るまでの岩井証券、コスモ証券それぞれの葛藤。そして買収後、いかにして一企業として再始動したのか。岩井証券の激動の100年を振り返りながら、金融業界史としても読める一冊となっている。