「大韓民国の最低時給は、5580ウォンです」
韓国の女子アイドルが、テレビCMでこう宣言する。約1年前から韓国のアルバイト仲介サイトがアルバイト従業員の権利をテーマとして連続シリーズCMを出している広告コピーのひとつだ。
「アルバイトをする人が受け取れる時給は、最低5580ウォン(約510円)」と、いわば至極当たり前のことを言っているだけだ。しかし、この広告が出されてから、なんとこの仲介サイトの顧客である経営者からの抗議が殺到して、サイト利用をボイコットする動きにまでに発展してしまった。
法律で決められていることを言っただけなのに、どうしてここまで問題になったのだろうか。それは、実際に法律に定められている金額を下回る低賃金でアルバイトを雇う使用者が韓国国内では非常に多いからだ。特に、そういったケースはコンビニエンスストアやインターネットカフェでよく見られる。「簡単な仕事だから、そんなに高い報酬は払えない」というのが、法律に違反している経営者の言い分だ。
コンビニでアルバイトをしている人たちが集うインターネットコミュニティでは、最低賃金に満たない低賃金で働かされているという嘆きが日常的に書き込まれている。彼らの話によると、求人広告にはきちんと最低賃金を払うと書かれていたが、面接の場ではさまざまな言い訳をしながら、それより低い金額を提示する雇い主が多いという。
韓国の最低賃金法では、最低賃金に満たない賃金を払った雇い主を3年以下の懲役または2000万ウォン(約183万円)以下の罰金に処すると定めている。最低賃金に満たない低賃金でアルバイターを雇用し、搾取するのは明らかに犯罪行為なのだ。しかし、いくら法律で規定していても、きちんと運用されなければなんの意味もない。実際に、韓国では最低賃金に満たない賃金を払っている企業でも処罰を受けることは少ない。
韓国緑色党の共同運営委員長が、雇用労働部に情報公開請求をして入手した資料によると、2015年に最低賃金法に違反して最低賃金に満たない金額を払った件数は919件だったが、その中で検察に渡された事件はたった19件。割合にして2%という、あまりにも低い数値だった。
低賃金で働く人を搾取しても、その人が雇用労働部に申告しなければ問題は表面化しない。たとえ申告されても、「犯罪行為とは知りませんでした、これからは注意します」と言いながら、最低賃金を満たすように残りの金額さえ払えば検察に告発されないのである。
こんな状況では、たとえ法律上の最低賃金を先進国並みに上げても、低賃金で苦しむ弱者は救われない。ただ法律をつくるだけではなく、違法行為を厳しく裁く運用が求められる。そうでなければ、韓国社会は弱者の嘆きが絶えない本物の地獄になってしまう。
(文=キム・ボヨン/韓国弁護士、構成=Legal Edition)
キム・ボヨン(Boyung kim)/韓国弁護士
ソウル大学国語国文学科卒業。漢陽ロースクール修了。2012年第1回韓国弁護士試験合格後、ソウル高等裁判所のロークラーク(調査官)として裁判実務に従事。建築紛争を中心に、一般民事事件を幅広く扱う。14年に韓国弁護士登録(ソウル地方弁護士会)
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