慰安婦問題をめぐって日韓両国は昨年12月28日、以下の4項目で合意した。
日本側は安倍晋三首相が元慰安婦に心からお詫びと反省を表明し、日本政府は元慰安婦への補償措置を講じる。また今回の発表で慰安婦問題は最終的かつ不可逆的に解決されることを確認し、日韓両政府は国連等国際社会において互いに非難・批判しない。
ところがこの最後の条項が、慰安婦問題のくびきから日本人を永遠に解き放たないことが、2月15日と16日にジュネーブで開かれた女子差別撤廃委員会で明らかとなった。
「当初の外務省は、1996年に慰安婦を『軍事的性奴隷』と記したクマラスワミ報告が事実に基づかないこと、慰安婦が20万人という数字はウソであることなど、真実を反映するきちんとした報告書を作成していました。ところが実際に提出された文書は、簡略化されていたのです」
こう語るのは、同委員会のプレワークミーティングに参加して発言した杉田水脈前衆院議員だ。そもそも当初の報告書の内容はA4用紙10枚以上にも及んでいたという。それがなぜ簡略化されたのか。原因は12月28日の日韓合意だ。
「日本が慰安婦について事実を述べると、『国連等国際社会において互いに非難・批判しない』という日韓合意に触れる危険があるというのです。そうでなくてもアメリカやヨーロッパ諸国などは、慰安婦問題についての日本の主張に懐疑的です。日本政府が何か主張したら、先に日本が約束を破ったと思われかねない。それを外務省は危惧したのでしょう」(杉田氏)
そして報告書の簡略化に異議を唱える杉田氏らには外務省から、「文書化されなかった部分は、杉山晋輔審議官が口頭で答える。後で記録や動画にも残るので、同じことだ」とかなり“積極的に”伝えられた。
しかしその約束は反故になっている。本稿執筆段階で外務省のHPには、杉山審議官の発言の和文は掲載されていたが、英語版は見当たらないのだ。国連のHPでは英文のドキュメントが掲載されたが、肝心の主張者である日本政府が国際的な発信ができていなくて、どうするのか。これでは詳細な報告書を出したのと「同じこと」とは言えないし、「世界に発信している」とはほど遠い。
杉田氏に「文書で書けなかったことは口頭でやる。質問がでなくてもやる」と告げたのは、当時外務省女性参画推進室長だった松川るい氏だ。松川氏は女子差別撤廃委員会に参加したのを最後の仕事として、22日に外務省を退官。自民党公認で次期参院選に大阪選挙区から出馬することを表明している。
一方で、この件に関しては岸田文雄外相は2月26日の外相会見で「記録については女子差別撤廃委員会でのやりとりなので、同委員会が判断すべき」と述べるなど、とりつくしまがない。
強まる慰安婦問題の呪縛
そもそも慰安婦問題については、日本政府が確固たる立場を示さなかったため、戦後70年以上も経た今なお、日本人が貶められた状態に甘んじなくてはならない状況に陥っている。杉田氏は述べる。
「日本は委縮しているのに対し、韓国は非常に巧妙です。合意の後もなお海外で慰安婦の像や碑の建設計画が持ち上がっていますが、『政府の行為ではない』ということで日韓合意の対象外としているのです」
要するに、韓国側はやり放題というわけだ。これら以外にも、杉田氏らが歯がゆく思うことがある。肝心の女子差別撤廃委員会の委員長が、慰安婦問題に関する杉田氏らの主張に耳を傾ける様子がなかったことだ。しかも現在の委員長を務めるのは、日本人女性である林陽子氏だというのに。
「私たちは事前に委員に日本の主張を書いたパンフレットを配布していました。ほとんどの委員は受け取ってくれましたが、林さんだけは受け取ろうともしてくれなかった。同じ日本人女性として、とても残念な気持ちになりました」(杉田氏)
昨年末の日韓合意については、「ようやく解決に至った」と評価する声が多かった。だが実態はこのようなものだ。そもそもなんのための合意だったのか。日本人が慰安婦問題の呪縛からますます逃れられないのなら、このような合意は百害あって一利なしだ。
(文=安積明子/ジャーナリスト)