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抗争勃発か? 大物組長の死と同時に任俠団体山口組組員が襲撃された! 早くも離脱者情報も

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当記事の筆者・沖田氏も寄稿する『山口組分裂「六神抗争」365日の全内幕』(宝島社)

 神戸山口組任俠団体山口組との対立が表面化するのではないかと懸念される中で、5月6日、六代目山口組の重鎮が極道としての生涯に幕を降ろした。死去された六代目山口組総本部長である大原宏延・大原組組長は2年前の夏、六代目山口組分裂という事態に六代目サイドの最前線で、収監中の高山清司若頭に代わって、極心連合会の橋本弘文会長と共に組織を牽引していた大物である。分裂後の同年12月には、橋本会長の離脱が騒がれた際にも、すぐに極心連合会本部へと飛び、事態収束に尽力されたといわれている。

 さまざまな功績を残してきた大原組長が昇天されたこの日、その死を哀しむかのような雨が、大原組本部のある関西地方で降り出したのであった。さらに、同日の午前3時半頃には、神戸市内で不穏な事件が勃発し、「抗争勃発か」と関係者を震撼させた。それは任俠団体山口組系組員が十数人のグループに襲撃され、頭から血を流すほどの負傷を負ったというのだ。襲われた組員は、任俠団体山口組の織田絆誠代表に近い人物だといわれており、また襲撃場所が織田代表の関係先の近くだったことから(一説には、織田代表の警備にあたっていた最中の事件ではないかとも囁かれている)、早速、神戸山口組がプレッシャーをかけ始めたのではないかとの見方がなされ、犯人を特定する噂も流れている。
 
 現在、神戸山口組は、離脱した組員たちに猶予(4月30日より10日以内であれば、戻ってきてもよいというお達し)を設けていると言われているが、それを待たずに起こった事件は被害以上のインパクトを業界関係者たちに与え、さまざまな憶測を呼んでいるのだ。

分裂前のキーワード「連絡がつかない」

  一昨年の六代目山口組分裂にしても、今回の神戸山口組の分裂にしてもそうだが、まず不穏な事態は「誰々と連絡がつかない」というところから始まることが多い。これは分裂に限ったことだけでなく、個人がヤクザ組織から自らの都合で抜ける際にもよく起きることではあるが、今回も同類の噂が新団体に流れ始めているようだ。四代目山健組から任俠団体山口組に加入した組長数名と、早くも連絡がつかない状態になっているのではないかというのである。もちろん、ことの真相はわからない。だが、時期が時期である。
 
 状況を錯乱させるために流された意図的な情報である可能性も十分に考えられるが、神戸山口組が誕生した際には、ある一部の地域を除いて、こういった噂が即座に上がるようなことはなかった。逆に当時流れた噂は、六代目山口組から神戸山口組側への移籍情報だった。それだけ神戸山口組の発足は秘密裏に行われていたことが伺えるし、いざ立ち上がった際、相手方に寝返る幹部が出ないように、団結に向けた強い意思が組織内で相互に働いていたと思われる。
 
 今回はあくまで噂の範囲内であるものの、発足早々に移籍情報が流れるところに、任俠団体山口組と神戸山口組との組織力の異なるところが見えなくもない。
 
 そもそもの任俠団体山口組の最大の大義とは何か? やはり3つの山口組をひとつにすることだと思われる。そうした場合、今回の神戸市で起きた襲撃事件に対して、どういった姿勢を示すのか。噂に上った犯人グループへの報復に出るのか。それとも掲げる大義のために沈黙を守るのか。
 
 こうしたトラブルは、神戸山口組を離脱した時から想定されていたはずだが、その対処方法次第で、任俠団体山口組の方針が垣間見えると思われる。その方針が明確になった時、現在噂されるような、人の動きがさらに活発化するかもしれない。神戸山口組発足後、渡世を離れていた、かつて山口組を支えていたさまざまな顔役たちが神戸の名の下で一線に復帰している。六代目山口組体制の否定、本来の山口組に戻すための改革点などに共鳴した人々が神戸山口組に参画してきたわけだ。こういったことが、これから任俠団体山口組でも起こりえるだろうか。
 

神戸山口組の内紛説を否定する情報

  当初、今回の分裂劇は、神戸山口組と任俠団体山口組という二項対立の構図として見られるむきがあった。中でも、神戸山口組内、特に中核団体である四代目山健組内の内紛のように見ている側面もあったのだが、それを払拭させる動きが、5月7日に見られた。それは六代目山口組傘下団体から離脱した幹部が、新組織の結成式を執り行い、任俠団体山口組に加入したというのである。捜査関係者の調べによると、発足された組織名称は「京滋連合」といわれており、京都と滋賀を繋ぐ京滋バイパスから来ているのではないかと話している。単なる内紛であれば、六代目山口組側から人が流れてくることはないはず。3つの山口組による再編が起こる可能性があるということだ。
 
 そして、やはり任俠団体山口組がその存在を示す手法として、デモンストレーションが始まったとの情報もある。デモンストレーションとは、神戸山口組発足後、当時の山健組副組長だった織田氏が先頭に立ち、全国各地で繰り広げられた練り歩きのこと。これにより、神戸山口組の士気は高められたといわれている。任俠団体山口組の場合、兵庫県尼崎で結成式をあげ、次は京都で加入組織の結成式を行った。次は舞台をどこに移すのだろうか。

 対する神戸山口組は、前述した猶予を待たずして、四代目山健組から織田代表を絶縁しただけでなく、離脱した山健組有力幹部の絶縁状も発行したらしい、という噂が駆け巡り始めている。ゴールデンウィークが明け、神戸山口組と六代目山口組、そして任俠団体山口組といった順番で定例会が行われるのではないかといわれているが、そこでそれぞれの山口組は何を協議し、どんな対応を取っていくのか。俄然注目が集まっているという。
(文=沖田臥竜)

●沖田臥竜(おきた・がりょう)
元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、『山口組分裂「六神抗」』365日の全内幕』(宝島社)などに寄稿。去年10月、初単行本『生野が生んだスーパースター 文政』(サイゾー)を刊行。山口組分裂騒動の詳細を記録した『菱のカーテンの向こう側~2015-2016山口組分裂全記録』(同)にも執筆協力している。

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