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トヨタはIT企業の下請けになるのか 運転免許も信号機も不要になる日

取材・文=小野貴史/経済ジャーナリスト
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トヨタはIT企業の下請けになるのか 運転免許も信号機も不要になる日の画像1トヨタ自動車・豊田章男社長(ロイター/アフロ)

 自動運転、カーシェアなど、変革の波が押し寄せている自動車業界は今後、どこへ向かうのか。昨年11月に『自動車会社が消える日』(文春新書)を上梓したジャーナリストの井上久男氏に話を聞いた。

――自動車業界にどんな地殻変動が起きているのでしょうか。

井上久男氏(以下、井上) メーカーがつくってディーラーを通して売るという従来のビジネスモデルは当面大きく崩れることはないでしょうが、ライドシェアのウーバーのサービスが出てきたり、自家用車のカーシェアという概念が登場したりするなど日本を含めて、消費者はクルマを購入して所有することよりも、クルマをどう利用するかかという考え方にシフトしています。

 東京都内で自家用車の稼働率は約10%といわれています。クルマを使う時間帯は土日、あるいは平日の仕事を終えた夕方から翌日の朝までというイメージです。それ以外は使われていないわけですが、その時間帯に車を使いたい人もいるわけで、自動運転やクルマが常時インターネットとつながるようなコネクテッド技術が実用化すれば、クルマがオーナーとユーザーの間をニーズに応じて自動的に移動できる時代も来るでしょう。こうした技術が実用化されてくると、クルマを持つ必要などなく、使いたいときに使えればよいという時代になってきます。旅行先でレンタカーを借りる行動が、日常生活で起きてくるわけです。

 すでにホンダは、そうしたクルマのコンセプトモデルを発表しています。そのクルマはソフトバンクグループと提携してロボット技術「感情エンジン」を搭載、所有者の健康状態、趣味嗜好などを読み取ることもできます。

――エンドユーザーにとってのジャストインタイムが求められてくるわけですね。ジャストインタイムは製造工程の概念です。

井上 そうです。クルマを保有せずとも使いたいときに即座に欲しいというユーザーが今後増えると思います。そうなると、お客さんとの接点は、トヨタ自動車やホンダや日産自動車などの自動車メーカーではなくなるかもしれません。スマートフォン(スマホ)一つでウーバーが呼べるように、プラットフォームビジネスとして、おそらくスマホが接点となるでしょう。単にクルマを造って売るのではなく、移動手段をサービスとして提供するプラットフォーマーに付加価値がシフトしていくのではないでしょうか。

 そうなった時に、社会における自動車メーカーの存在感は低下していくと思います。そうした考えがあって、拙著のタイトルが『自動車会社が消える日』となったわけです。

――すでに20代では、免許を持っていない人が少なくないという話も耳にします。

井上 日産取締役の志賀俊之さんはある講演会で個人的な見解とした上で、2050年になくなるものは4つあると話しています。1つ目はガソリンスタンド、2つ目は自宅の駐車場、3つ目は信号機、4つ目は運転免許証です。この発言の背景には、自動車業界に迫る大きな変化があります。その変化は「CASE」と呼と呼ばれるキーワードで象徴されます。Cはコネクテッド、Aはオートノマス(自動運転)、Sはシェアード、Eはエレクトリック。CASEの進行によって、この4つがなくなっていくのです。

 EV(電気自動車)が普及すれば、ただでさえ経営の厳しいガソリンスタンドがいらなくなるので、どんどん閉鎖が増えるでしょう。車を借りたいときに借りるようになれば、自宅の駐車場は不要になります。信号機がなくなる理由は、高度な自動運転になるとAIが判断して衝突を回避できるようになるからです。さらに完全自動運転になれば、人が運転しないので運転免許証もいらなくなります。こうなると産業構造も大きく変わってきます。

クルマのスマホ化

――一衰退する産業も出てくるのでしょう?

井上 自宅の駐車場が不要になると申し上げましたが、商業施設の駐車場も今のようなスペースが必要なのかという問題が出てきて、地域によって違いはあるでしょうが、不動産の再活用というテーマにつながっていきます。

――街中にあるコイン式の駐車場も同じ問題に直面するのではないでしょうか。

井上 今のような需要はなくなるでしょうね。運転免許証がいらなくなれば教習所の経営はどうなるのかという問題も発生します。それから車に搭載されたAIには交通規制も組み込まれているので、交通違反の取り締まりにも引っかからなくなります。

 そうなると、国庫に入る交通違反の反則金が減っていきます。反則金の年間総額は800億円程度といわれていて、そのお金は事実上、警察庁のひも付き予算に化けています。要は、反則金が信号機新設や交通安全対策に使用され、ひいては天下り組織に金が流れるという構図です。反則金収入が減れば「警察ビジネス」も新たな収益源を見つけないとやっていけなくなりますよ。

――もし反則金収入が減ってしまうのなら、警察庁は、それに代わる権益を確保しなければならない。

井上 当然、新しい権益を考えるでしょうね。それが何かはわかりませんが、権益が縮小する可能性は反則金収入だけではありません。全国の運転免許センターや自動車教習所には警察OBが再雇用されていますが、再雇用者数が大きく減る可能性もあります。

――そうした流れのなかで、自動車メーカーのビジネスはどう変わっていくのですか。

井上 自動車をつくって売ることから、移動手段というサービスの提供に変わっていきます。そのサービスが集約されているのはプラットフォームですが、プラットフォームの提供が得意な会社はグーグルやアップルなどIT企業です。

 スマホを例にとると、アップルを除けば、スマホで儲けているのはプラットフォームを提供している会社であって、ハードをつくっている会社ではありません。自動車産業でもプラットフォームを提供する会社に利益が移る可能性が出てきます。

――井上さんは「クルマのスマホ化」と表現されていますね。

井上 クルマの機能だけでなく、クルマの使い方もスマホと同じようになると思います。自動運転になればよそ見をしても事故が起きないので、ナビがスマホのような機能を発揮してモニターに広告が出たり、おいしいレストランやショッピングモールなどのある場所に近づいたら案内が出たりというようなコンシェルジュの役割を担う。そんなサービスがいとも簡単にできるようになると思います。

官僚機構に変化をもたらす

――グーグルやアップル、ソフトバンクが車体の製造に乗り出して、自動車メーカーになることは考えられますか。

井上 それはないと思います。車体の製造は外注したほうが安上がりですから、下請けにつくってもらえばよいという発想になります。現にフォルクスワーゲンは「自分たちはメーカーである必要があるのか?」という問題意識を持っています。北九州市などで小型バスの自動運転の実証試験を検討しているSBドライブ(ソフトバンク子会社)の佐治友基社長は「クルマというハードはサービスが提供できるなら、なんでもよい」と話しています。

 高台に住宅が多い北九州では、高齢者が買い物のための移動に困っているそうです。効率的に「買い物難民」を解消するためにも自動運転の実現が求められているわけですが、サービスを行うことが目的であって、安全性が担保されていればクルマというハードは、なんでもいいわけですよ。

 こうした高齢者対策だけではなく、一般の若い人たちの間でも、シェアエコノミーを受け入れる価値観が強まっており、クルマは保有しなくてもよいといった考えの人も増えています。そうした状況では、移動サービスを提供する企業、すなわちプラットフォームを支配する側が優位になります。トヨタ日産などの自動車メーカーは産業構造の頂点に立つ現在の圧倒的に強い立場から、プラットホームを提供するIT企業などの納入業者に転じてしまう現象も起こり得ます。

 もちろん、自動車メーカーもこれからも覇権を握り続けようと、自身がプラットフォーマーになる経営戦略を構築し始めており、自動車業界は、プラットフォーマーになろうと目論むIT業界と自動車メーカーの「異次元競争」の色彩が強まっています。

――自動運転の実用化によって、物流業界も変わりますね。

井上 ビジネスモデルの変化は、物流業界のほうが自動車業界よりも速いのではないでしょうか。この2~3年のうちに高速道路で完全自動運転が実用化することはあり得ませんが、道路インフラが整ってくれば、東京・名古屋間というような動脈部分はいずれ無人の完全自動運転で、その先の毛細血管部分は人が運転するという組み合わせが生まれると思います。荷物の配達には、配達先のドアをノックして手渡すという行為があるので、自動運転だけでは対応できない面もあります。

――クルマのスマホ化など自動車業界が変われば、関係省庁の管轄分野にも変化が起きます。総務省、経済産業省、国土交通省などは省益の確保に向かって、それぞれに有利に働くルールづくりに動き出すのではないでしょうか。

井上 その3つの省に警察庁も加わって、許認可や予算、人事などさまざまな権益の獲得をめぐって争いが起きるのではないかと思います。たとえば警察庁にとっては、自動運転で交通違反が減れば全国の警察署で交通課の警官の人数が今ほど必要ではないといった雇用問題も生まれるかもしれません。

――自動車をめぐる社会構造の転換にまで至りそうですね。ありがとうございました。

(取材・文=小野貴史/経済ジャーナリスト)

小野貴史/経済ジャーナリスト

小野貴史/経済ジャーナリスト

1959年茨城県生まれ。立教大学法学部卒業。経営専門誌編集長、(社)生活文化総合研究所理事などを経て小野アソシエイツ代表
著書「経営者5千人のインタビューでわかった成功する会社の新原則」

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