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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」 第5回

老後の不安が「ない」フィンランド、人々がバカ高い税金に不満がない理由…病院も大学も無料

文=篠崎靖男/指揮者
老後の不安が「ない」フィンランド、人々がバカ高い税金に不満がない理由…病院も大学も無料の画像1「Getty Images」より

 僕の指揮者としてのキャリアは、2000年にフィンランドで行われた国際指揮者コンクールで受賞したことから本格的に始まりました。

 そのコンクール受賞から現在に至るまで、フィンランドとは指揮活動を通じてかなり密接にお付き合いしています。首席指揮者を8年間務めた当地のオーケストラともいまだに共演を重ねていますし、毎年フィンランドを訪れ、指揮棒を振り、友人たちに会い、彼らの生活に触れています。

 ところで、指揮者というのは、特定のオーケストラに永久就職するわけではありません。観客もずっと同じ指揮者を見ていれば飽きてしまいます。たとえ首席指揮者になっても、それはオーケストラと僕の間の契約関係であって、雇用関係ではないのです。税金、年金等の社会保険料なども、個人事業主として自分で支払うのです。

 ほかのオーケストラに招待されて指揮をすることを「客演指揮」というのですが、自分の所属するオーケストラであっても、客演指揮であっても、一回一回のコンサートに対して出演料が支払われます。これは、日本でも海外でも同じです。

 ただし、日本国内の源泉徴収税は10%、ヨーロッパでは15%差し引かれて支払いを受けます。ちなみに、外国人が日本で仕事をした場合は20%です。さらに、フィンランドをはじめとした海外の多くの国々では、それ以外に年金等の社会保険料も差し引かれます。ちなみに、フィンランドでは8.25%です。

 実は、これに加えて音楽事務所からもマネージメント料として20%引かれ、もともとオーケストラから支払われた金額の56.75%、つまり半分くらいになって僕の銀行口座に入ってきます。

 在住している日本なら、税金や社会保険料を支払うことは理解できます。しかし、その国に在住していないのに、なぜ支払う必要があるのかと、毎回、腹立たしくなります。ヨーロッパのオーケストラは国や市にバックアップされており、間接的には国や市から報酬を得ていることになるので、源泉徴収税は仕方ないと、無理やり納得しようと思います。しかし、社会保険料については日本でも年金を納めているので、いわば二重払いです。このような二重払いを防ぐために日本は、韓国アメリカ、ドイツをはじめとした20カ国とは免除協定を結んでいますが、フィンランドなどの国々とは未解決な問題となっています。

フィンランドが「世界一幸せな国」に選ばれるワケ

 こんな愚痴をだらだらと言っても、フィンランドなど北欧の人々にしたら、「そんなもの大したことないじゃないか」とあきれられるに違いありません。なにしろ、北欧の国々は税金が非常に高く、物価もバカ高いのです。

 フィンランドを例にすると、国税は7.71〜61.96%で日本と大きな差がありませんが、売上税(日本でいう消費税)は24%です。書籍や医療品は10%、食品は14%と優遇がありますが、それでも日本の消費税8%と比べたら、まったく違う世界です。そして住民税は日本の2倍の20%。これだけ見ると、そんな国には住みたくなくなってしまいます。

 しかし、フィンランド人はそうは考えていないのです。僕はこれまで何度も、「フィンランドは税金が高くて大変だよね」と彼らに言ったことがありますが、税金について愚痴る人には出会ったことがありません。返事はいつも同じで、「税金の使い道に納得しているから不満はない」です。実際に、フィンランド人のおよそ8割が、高税を払うことに納得しているという公的データもあります。

 フィンランドをはじめとした北欧では、社会保障がとても充実しています。生まれてから死ぬまで、国に保障されているのです。例を挙げると、小学校から大学院まで学費はすべて無料。また、病院で高度医療を受けても、子供を産んでも、すべて無料です。育児保障、失業保障、さまざまな制度に人生が手厚く守られています。ホームレスなんて見たことがありません。

 ある時、フィンランド人に“老後の不安”について質問したことがありますが、彼らは質問の意味がよくわからないようでした。そのくらい、まったく不安のない人生を送っているのが北欧なのです。

 フィンランドでの自動車購入の税金は100%です。車体価格の倍の金額を支払って、自動車を手に入れるわけです。そして、春を迎えると、2家庭に1家庭は持っているという湖や海辺の小さな別荘に、その自動車を運転して毎週末、出かけて行きます。夏休みの休暇では、家族と何週間もそこに滞在して、木を切り、つくった薪でフィンランド名物のサウナを暖めるのです。サウナで気持ちよく体が熱くなったら、目の前の美しい湖にそのまま飛び込みます。フィンランドならではの美しい景色が広がっています。フィンランド人は本当にサウナが大好きで、各家庭の自宅には、サウナを所有しているくらいです。サウナで汗をかいた後に飲むフィンランドのビールも最高に美味いです。そして、その後の夕食で食べるサーモンも最高。

 北欧の冬は確かに暗く寒いのですが、国や市がしっかりと援助しているオーケストラ、演劇、オペラのチケットはとても安く、気楽に出かけて行く事が出来ます。そして、終演後、オーケストラの楽員行きつけのバーで、一杯飲みながら、夜が深まってきます。

 今年、国連が発表した「世界で一番幸せな国」にフィンランド選ばれたこともよく理解できます。ちなみに、ランキングの上位は、毎年、北欧の国々で占められています。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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