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“ひきこもり”が犯罪を犯す…のか?精神科医・岩波明氏に聞く「ひきこもりと精神疾患」

構成=安楽由紀子
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2019年5月28日に起きた川崎市多摩区の殺傷事件現場では事件後、多くの人が花を手向け手を合わせた。(写真:読売新聞/アフロ)

 2019年5月28日、神奈川県川崎市多摩区登戸で、私立カリタス小学校のスクールバスの到着を待っていた児童や保護者を次々に刃物で刺す通り魔殺傷事件が発生。2人が死亡、18人が負傷し、加害者は自ら首を刺して死亡した。加害者とされる岩崎隆一(51歳)は、生まれてまもなく両親が離婚し、伯父夫婦と共に暮らしていたが、10年以上の長期間にわたる「ひきこもり」の状態にあり、80代になる伯父夫婦とは会話どころか顔を合わせることもなかったという。犯行後、県警が岩崎の顔写真を伯父夫婦に見せて身元確認を求めたが、伯父夫婦はその写真が本人かどうかがはっきりとはわからないような反応だったとも伝えられている。

 この衝撃的な事件の報道が冷めやらぬなか、6月1日、東京都練馬区で、元農林水産省事務次官の熊澤英昭容疑者(76歳)が長男で無職の英一郎さん(44歳)を刺殺。英一郎さんは「ひきこもり」がちで、連日ゲームを行い、家庭内暴力も激しかったという。本名でSNSに書き込みを行っており、ネット上でも攻撃的な傾向が見られ、一部のネットユーザーからは「犯罪者予備軍」と呼ばれていた。事件当日は英一郎さんが「小学校の運動会がうるさい」と言いだしたため、数日前の川崎殺傷事件のことが頭をよぎった熊澤容疑者は「周囲に迷惑をかけてはいけない」と決意、犯行に及んだという。

 この2事件を機に、改めて「ひきこもり」がクローズアップされている。ひきこもり当事者への支援活動を行っている「ひきこもりUX会議」は事件後、「ひきこもっていたことと殺傷事件を起こしたことを憶測や先入観で関連付ける報道がなされていることに強い危惧を感じています」という声明を発表。同会議や「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」と面談をした根本匠・厚生労働大臣も6月、「安易に事件と『ひきこもり』の問題を結びつけることは、厳に慎むべき」との声明を出した。

 ひきこもりとは、厚生労働省の定義によれば、「仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅にひきこもっている状態」とされている。2019年3月には内閣府が、40~64歳の“中高年ひきこもり”が全国で推計61万3000人もいるとの調査結果を発表。これが、15~39歳の“若年層ひきこもり”の推計54万1000人を大きく上回っているとして、話題になったばかりだ。

 では、こうして社会的な問題になっているひきこもりをどう考えればよいのか。彼らは本当に“危険”ではないのか。精神科医で、昭和大学附属烏山病院病院長でもある岩波明氏に聞いた。

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岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学教室主任教授にして、昭和大学附属烏山病院の病院長も兼務。近著に『殺人に至る「病」〜精神科医の臨床報告〜』(ベスト新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

過去の重大事件の犯人に精神疾患があった可能性も

 岩波氏は、まず「それぞれ個別の事件についてはまだ多少センセーショナルな報道が先行しているように見受けられ、情報が少ないのでなんとも言えません」と前置きした上で、次のように解説する。

「一般に引きこもりといっても、それは長期間社会との接触を絶っているという“状態”を指しているだけであって、その内実には多くのバリエーションがあり、何かひとつの原因でそうなっているわけではないことは初めに理解しておくことが大事でしょう。

 では、実際にはどのような人たちなのか。まず大きく分けて、『精神疾患はないが無気力な人』と、『なんらかの精神疾患を抱えている人』の2つに大きく分けられると思います。さらに精神疾患がある場合でも、他人に危害を加える可能性が低い場合と、そうではなく注意が必要な場合に分けられるでしょう。危害を加える可能性が低いというのは、たとえば対人恐怖で人前に出るのが怖くてひきこもってしまった人や、一定度以上の知的障害があって社会生活にうまく適応できずにひきこもった人などというのが典型例です。

 一方、問題行動に注意しなければならないのは、ASD(自閉症スペクトラム障害)、ADHD(注意欠如・多動性障害)等の発達障害の一部と、統合失調症や双極性障害が原因でひきこもってしまった人たちですね。特に重要であるのは統合失調症で、病院に受診していない場合や治療が中断しているケースは注意が必要です。家庭内暴力はどのカテゴリにおいて起こり得ますし、さらにそのなかの一部は、犯罪的な問題行動にいたる可能性もゼロではありません。当事者団体の方などが、『ひきこもりがすべて犯罪者予備軍であるかのように報じられるのは間違いだ』と表明するのはその通りなのですが、一方でそうしたイメージがすべて誤りだ、というのも、正しいとはいえないと思います。

 私の見立てでは、1999年に起きた池袋通り魔殺人事件の犯人(死刑確定)には統合失調症、2001年に大阪教育大付属池田小で児童8人を殺害した犯人(2004年に死刑執行)には被害妄想やADHDの症状があったと考えています。ただし裁判では、いずれも完全責任能力ありということで、死刑判決が出ています。

 もちろんほとんどのケースでは、そうした疾患があってもひきこもらずに社会生活に適応できている、あるいはひきこもってはいたけれども治療によって社会復帰できているわけで、それらの疾患を持っていること=犯罪者予備軍だ、というのは大きな誤りです」

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「Getty Images」より

精神科病院が減り、患者の“居場所”がなくなる

 現在、先述の厚労省定義でいうところのひきこもりは100万人ともされている。ひきこもりが長期化して高齢化し、80代になる親が50代の子の面倒を見るといういわゆる“8050問題”も叫ばれ、ひきこもりが時代を経るごとに増加しているような印象も受ける。実際問題、1990年代半ば〜2000年代前半の就職氷河期や不況なども影響しているのだろうか?

「非正規雇用が増えたことなどによって不安定な仕事しかできず、その結果としてひきこもりが増えたのではないか、ということですね。そうした影響もあるでしょうが、精神疾患を原因とするひきこもりについては、直接的な因果関係はないでしょう。

 日本では、統合失調症の患者さんは少なくとも100万人はおり、そのうち、おそらく20万人程度が入院しているといわれています。一方で、入院せず、かつひきこもりに近い状態の人は20〜30万人ほどと推測されます。これに、知的障害、ASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群など)やADHDなどの発達障害を原因とするひきこもりを含めると、概算だけで50万人は超えることとなります。こうした患者さんは若干の増加傾向にはあるのかもしれませんが、疫学的に見て急激に増えたということはあり得ません。となれば、昨今この種の疾患・障害の認知度が上がってセンセーショナルに報じられることも増えることによって社会的な認知度が上がり、その結果、増えているように見えているのではないかと思います。

 さらに、入院医療を減らし地域生活支援策を進めようという施策を厚労省が進めています。行政による病院への『締め付け』が強くなり、精神科病院の経営が厳しくなって病床そのものが減少しています。結果、それまでは入院していた患者さんの居場所がなくなって家庭に閉じこもるしかなくなり、ひきこもりが増えているように見えるということもあるでしょう」

精神科による積極的なアウトリーチも必要では

 冒頭の川崎殺傷事件のほうの加害者は、スマホやパソコンさえ所持していなかったと報じられている。一方で元農林水産省事務次官が刺殺した長男のほうは、ネットやゲームのヘビーユーザーだったという。ネットやゲームが引きこもりを助長しているといったような報道もしばしば見かけるが……。

「欧米に比べ、ネット依存・スマホ依存が多いのは韓国、中国、そして日本だといわれています。東アジア特有の文化的な背景があるのでしょうか、小中学生の頃からスマホを自由に与えてしまうことが原因だと思いますね。ただ、じゃあそれが直接的にひきこもりにつながるかというと、大いに疑問です。精神疾患と密接な関係があるとはいえません」

 ひきこもり問題について積極的に発言している精神科医の斎藤環氏は、「ひきこもりの人がかかわったという犯罪は数件」「ひきこもりは犯罪率が低い集団」とも発言。暴力的な手法でひきこもり当事者を無理やり外に連れ出してしまう悪質な支援業者への批判もしばしば行っている。

「斎藤先生は、自分からおもむいての往診はしないと発言していると聞いています。実際の臨床現場にどこまで関与しているかはわかりませんが、精神疾患がないケースでは、他人に危害を加える可能性は低いですよね。そうしたひきこもりがの人が高齢化したときにさてどうするかという課題はあるものの、本人がその道を選び、自足してトラブルを起こしていないのであれば、個人の自由の範疇ともいえます。そういった意味においては、精神疾患を伴わないケースにおいては、強制的に外に連れ出すのは適切ではないでしょう。

 しかし実際には、精神疾患を抱え医療ケアが必要な『ひきこもり』も多いのが実態です。精神科の病院には、そういった『精神疾患を原因とするひきこもり』について困った家族がひんぱんに相談にきています。そうした方へのケアとしては、アウトリーチ(訪問型の支援サービス)が主流となっています、ご家族から相談を受けて、精神保健福祉センターの保健師、看護師、精神保健福祉士などが訪問を繰り返すこととなります。

 けれど、それ以上の本格的なケアや治療を考えれば、行政的な仕組みを作り、地域の中核となっている精神科病院にもアウトリーチ部門をつくり、往診する態勢を整えていくことが不可欠でしょう。近年、往診専門のクリニックも増えるなど、精神科領域の往診は広がりを見せつつあります。そうした場でそれぞれの患者さんに合った対応・治療を行えば、社会復帰できるケースもあります。

問題なのは、そうした診断や評価がまったく行われていない状態で、ひきこもったまま放置されているケースがいまだに多いことです。こうしたケースに対して、現在の行政は有効な対応策を打ち出せていません」

 ひきこもりの人のすべてに危険があるわけではないが、しかし犯罪を引き起こし得るケースもあるのだということは理解すること。そしてその上で、もっとも危険なことは、本来ならばケアが必要なひきこもり当事者が放置されてしまっていることだということであろう。
(構成=安楽由紀子)

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