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セゾン隆盛と崩壊を招いた“詩人経営者”故・堤清二の功罪と、戦後最大の金融事件

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 その黒川氏の相談役が、“磯田の番頭”を自任していた河村氏だった。黒川氏から電話で「実はピサが買い付けを予定しているロートレック・コレクションの絵画類があるんです。どこか買い手を知りませんか」と訊ねられた河村氏は、「ぜひ、ご要望に沿えるよう前向きに検討させていただきます」と答えて電話を切った。黒川氏からの1本の電話が、裏社会の人々がイトマンを足場に住友銀行に食い込むきっかけをつくった。

 黒川氏の相談を受けた河村氏は、「ロートレックの買い手に心当たりがあるか」とイトマン常務の伊藤寿永光氏に話し、河村氏の言を借りれば「伊藤君はすぐに飛びついてきました」という。河村氏から一任を受けた伊藤氏は、定宿にしていた帝国ホテルの一室で黒川氏やピサの美術部長と会い、イトマンが16億円で買い上げると言った。伊藤氏はピサとの交渉を終えたその足で、同じ帝国ホテルに事務所があった許永中氏に会い、64億円で転売することで話をつけた。そしてイトマンは許氏がつくるといっていた美術館用にピサから4回にわたって追加の仕入れをし、購入総額は118億円に上ったが、絵画は転売されず、イトマンの倉庫に山積みとなった。

 この絵画について、同じセゾングループのつかしん西武の家庭外商三課長の福本玉樹氏が偽造の「鑑定評価書」を作成したことが発覚し、この福本氏は海外に逃亡した。交渉を担当したピサの美術部長は突然、心不全で亡くなっている。ちなみに西武百貨店の関西事業部を担当する取締役は、つかしん店の大口の上得意先である許氏とたびたび会い、会食をしていた。

 そしてイトマンからピサに支払われた巨額の金は行方不明となり世間を騒がせたが、西武百貨店もピサも首脳の関与を全面否定し、今でも大きな謎として残ったままである。この事件が、堤氏がセゾングループの代表を退いた最大の原因だったともいわれている。

 堤氏がピサ事件について語ることはついになく、秘密を墓場まで持っていった格好となった。
(文=編集部)

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