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片山修のずだぶくろトップインタビュー 第15回 嶋津昭氏(ラグビーW杯2019組織委員会事務総長)

日本人だけが知らない、来年ラグビーW杯日本大会の衝撃…スポーツ界の歴史的転換点に

文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

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片山 開催都市は、北海道から九州まで12カ所もありますね。それぞれの都市で観光需要が期待できますね。

嶋津 開催都市に加えて、公認チームキャンプ地は全国に52カ所あります。これらの地域にも波及効果が期待できます。しかし、それだけではない。例えば、島国の日本と条件が近い11年のニュージーランド大会を参考にすると、外国人観光客の平均滞在日数は約2週間です。2週間あれば、試合観戦だけではなくて、地方の観光地を見たり、美味しいものを食べたいとなりますよね。

 実際、日本大会に合わせた観光ツアーがすでに組まれています。例えば、金沢市は開催都市でもキャンプ地でもありませんが、老舗のホテル経営者が地域と一緒になって、オーストラリアやニュージーランドから1000人規模のツアーを誘致したと聞いています。ラグビーの試合と金沢観光をセットにしたツアーです。

片山 いいですねえ。ラグビーを観戦しに日本へやってきて、ついでに新幹線に乗って古都・金沢を観光する。これは、開催都市やキャンプ地のある地域にとっては一大イベントですよね。

嶋津 海外から19チームがやってきますから、キャンプ地では草の根の国際交流の機会にもなるでしょう。開催地やキャンプ地の情報や映像は、テレビやSNSなどによって、世界中で多くの人々の目に触れます。地方の活性化効果は相当なものが期待されます。

片山 とくに、被災地なんかにとっては、元気が出る話ですね。

嶋津 熊本、関西、中国地方、北海道など、台風や豪雨、地震などの災害が続いています。そういった地域を勇気づけることはできると思います。象徴的なのは、東日本大震災の被災地の釜石ですね。鵜住居(うのすまい)では、小学校と中学校が津波で被災、その跡地を造成して新しいスタジアムをつくり、ラグビーW杯をやろうと手を挙げた。

片山 当然、復興が大変ななかで、それどころじゃないという声もあったでしょうけどね。

嶋津 被災地は、住民の生活が第一です。スタジアムをつくるといっても、地域住民の理解を得るためにはバランスが必要です。大きな勇気が必要だったと思います。今年8月19日に「釜石鵜住居復興スタジアム」が竣工して、地元の釜石シーウェイブスRFCとヤマハ発動機ジュビロの竣工記念試合が行われました。神戸製鋼と新日鉄釜石のレジェンドたちによるOBチームの試合も行われて、6000人の観客席に臨時席を含め6600人が詰めかける大賑わいでした。この賑わいが、復興の力になっていってほしいですね。

五輪やマスターズへの布石

片山 ラグビー非伝統国として初、またアジアでも初のラグビーW杯ですが、その意義をどう考えればいいでしょうか。

嶋津 日本大会が決まった当時、世界のラグビー界からは、「日本で本当にW杯ができるのか」と心配されたんです。しかし、いざ開催直前となってみれば、「ぜひ日本に行ってみたい」というラグビーファンは多いんですよ。個人のお客様向けの前売り券は、前半に250万枚の申し込みがあったなかで、3割が国外からでした。

片山 えーっ、そんなに多いんですか。

嶋津 イングランド大会は、国外からのお客様は延べ約40万人だったそうですから、日本大会もそれくらいかと思っていたら、どうやらそれでは収まらない。延べ50万人を超えても不思議ではないという感触です。横浜国際総合競技場で行われる決勝戦は、現状を見る限り、半分以上は海外からのお客様で埋まる可能性がある。ちょっと、従来の国際スポーツ大会には例のないことです。

片山 日本で行われる国際的なスポーツ大会では、20年の東京五輪・パラリンピックがいちばんメジャーですよね。五輪の前年にラグビーW杯を開催する負担について、国内外から「大丈夫なのか」と心配する声がありましたが、その点はいかがですか。

嶋津 ええ。当初はそうでした。しかし、五輪は東京が中心ですが、W杯は全国12会場で開催されますから、地域に与えるインパクトは異なりますよね。それから、ラグビーW杯は五輪に向けて経験値を積むことにつながります。

 加えて、21年に関西でワールドマスターズゲームズが開催され、世界から数万人のプレーヤーが集まるんですね。ラグビーW杯、東京五輪、ワールドマスターズの三大会については、それぞれの知見、経験を効果的に生かすために、事務総長同士が握手して連携協定を結んでいます。

片山 なるほど、ビッグスポーツイベントの運営ノウハウは、相互に共有できることも多いでしょうね。

嶋津 そうですね。日本に次いで、4年後のフランスでも、やはりラグビーW杯、五輪・パラリンピックが続けて開催されるんですよ。

片山 そうですか。日本が先例となったわけだ。

嶋津 例えば、ボランティアについても、ラグビーW杯の経験を五輪やマスターズで生かすことができますよね。われわれは1万人のボランティアを募っていますが、W杯のボランティアをした方は、東京では五輪のボランティアに優先的に採用されます。おそらくこの方たちは、五輪でも中核的なボランティアとして活躍してくれると考えています。

片山 ボランティアには、たくさんの応募があったそうですね。

嶋津 1万人の募集に対して、3万8000人の応募がありました。ほかにも、各スタジアムでラグビー関係者などにも活躍してもらうので、全体ではボランティアの人数はかなりの数になりますね。

スポーツの文化・ビジネスを根付かせる

片山 現代の日本社会は、人口減、少子高齢化、医療費の問題など、マイナス要素が語られて暗いイメージです。そのなかで、世界的なスポーツ大会を3つも立て続けに日本で開催するというのは、明るくて前向きなニュースですよ。アスリートの姿は見る人に元気を与えるし、感動を生みます。日本人が一体感をもつための刺激というか、ひとつのキッカケにもなる。スポーツには大きな可能性がありますよね。

嶋津 とくに国際的なスポーツ大会は、文化的、経済的に大きな役割を担うと思っています。例えば、スポーツを通じたホスピタリティサービスです。ラグビーを観戦するだけではなく、ラグビーを通じて社交やビジネスの機会を提供する。ウェアやシューズなどのグッズ販売やスポーツ活動の支援も、ホスピタリティサービスに含まれます。

 ある意味、ラグビーW杯は日本で初めての本格的なホスピタリティサービスを提供するスポーツ大会だと思います。国内には、試合そのものを見たいお客様が多いんですが、もともとラグビーは、観戦しながらお酒を飲んだり会話を楽しんだりする文化がある。

片山 海外では、そうですよね。

嶋津 15年のイングランド大会を視察しましたが、観客はキックオフの3時間くらい前から、会場でお酒を飲みながら試合の話をして待っている。イングランドで1試合に消費するビールの量は、観客1人当たり一升瓶1本分くらいになるんですよ。観客は、試合を一生懸命観戦して、終わると仲間と肩を組んで、帰る道々パブに寄ってまた飲むでしょう。つまりスポーツ観戦が、文化的にも経済的にも大きなエネルギーをもつんです。

 こういった事例が、日本大会にそのまま通じるとは思いません。ただ、スポーツとホスピタリティやビジネスを結びつける考え方は、野球やサッカー、バスケットボール、卓球などにも応用できます。ラグビーW杯は、他のスポーツにとってもいい刺激になると思いますね。

片山 日本では、スポーツの楽しみ方がまだ成熟していないんでしょうね。

嶋津 例を挙げれば、我が国でも相撲の観戦は社交と結びついている面がある。これを、より大型化するイメージでしょうかね。W杯を通じて、スポーツをとりまく経済や文化活動を、日本に根付かせたいですね。そのために、ホスピタリティサービスを手掛ける企業を応援していきたいと思っています。

片山 スポーツの文化を根付かせるには、スタジアムの構造や、環境から変えないといけませんね。だいたい、日本のスタジアムはポツンと単独であるから、つまらないんですよ。

嶋津 確かに、イングランドやオーストラリアのスタジアムは、ラグビーやクリケットの試合だけじゃなくて、テニスコートやプール、食堂なども付いていて地域住民のためのスポーツパークとして機能しています。そういう環境は、われわれも学ばないといけないと思います。

片山 プロ野球では、一部でスポーツを通じたまちづくりの試みが始まっています。ラグビーW杯によって、地方のスタジアムでも動きが出てくるとおもしろいですね。

嶋津 米国では、大学のアメフトのチケット収入や放映権がビジネス化して、大学の経営を支えているという例もありますよね。

スポーツの可能性

片山 W杯を開催することによって、スポーツ教育にも力が入りますね。

嶋津 日本ラグビーフットボール協会は、W杯のレガシーとして日本のラグビー人口を現在の10万人から20万人へ倍増したいと考えています。そのためには、小中学生から高校生、大学生、プロスポーツまでを、いかにシステマチックに組み立てるかが問われます。

 学校教育では、今年から危険度を抑えてルールを単純化した「タグラグビー」を小学校の教科に取り入れることになり、中学校でもカリキュラムのなかに位置付けられました。少子化が進むなかで、学校の外、つまり地域コミュニティのなかで取り組もうという動きも出ています。

片山 文化やビジネス、教育、地域コミュニティの活性化など、ラグビーに限らずスポーツの力は大きいですね。

嶋津 地域社会やコミュニティでスポーツに取り組むこと自体、大きな意味があると思いますね。

片山 ラグビーW杯をひとつのキッカケとして、スポーツを見るだけでなく楽しめるような文化や潮流が広がっていくといいですね。

嶋津 組織委員会は、世界で選ばれた20チームの選手やチームが、最高の力を発揮できるような環境整備をし、まずは選手たちにいい試合をしてもらう。それを、世界中のすべてのお客様に楽しんもらう。それが世界に発信され、ひいては日本のスポーツ文化の浸透につながればいいですね。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)

【嶋津さんの素顔】
片山 好きな食べ物、嫌いな食べ物はありますか。

嶋津 とくにないです。だいたいワイフがつくるもので満足しています。

片山 ストレス解消法はなんですか。

嶋津 若いスタッフと一緒に仕事をすることですね。

片山 最近お読みになった本でおもしろかったものはありますか。

嶋津 そうですねぇ…。牧野伸顕さんの自伝を読んでいますが、おもしろいですね。

片山 ご自分の性格を一言でいうとどうですか。

嶋津 自分ではなんとも……。まあ、常にワイフからは厳しく批判されてます。

片山 行ってみたい場所、再訪したい場所はありますか。

嶋津 5年後のW杯フランス大会に、ぜひいきたいと思っています。

片山 最後に、組織のマネジメントにおいて、もっとも大切なことはなんですか。

嶋津 マネジメントしているという意識は、とくにありませんけどね。現在の組織委員会には、手を挙げてやってきた人、企業や役所から派遣されてきた人、日本人、オーストラリア人、イングランド人などいろんな人がいます。みんな、「ラグビーワールドカップを成功させる」というひとつの目的に向かって突き進んでいる。それがモラルアップ(士気向上)になっているんです。

 私が着任した4年前には組織委員会の人数は1ケタでしたが、現在は250人、大会までには300人くらいになるでしょう。組織が大きくなっても、みんなが明確な目的を持ち続けることが、いちばん重要かもしれません。

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片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

愛知県名古屋市生まれ。2001年~2011年までの10年間、学習院女子大学客員教授を務める。企業経営論の日本の第一人者。主要月刊誌『中央公論』『文藝春秋』『Voice』『潮』などのほか、『週刊エコノミスト』『SAPIO』『THE21』など多数の雑誌に論文を執筆。経済、経営、政治など幅広いテーマを手掛ける。『ソニーの法則』(小学館文庫)20万部、『トヨタの方式』(同)は8万部のベストセラー。著書は60冊を超える。中国語、韓国語への翻訳書多数。

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