ポスト五輪の東京~2020年以降も勝つまち、負けるまち~一極集中を裏で支える東京の本当の実力

東京23区、大規模スーパーが出店しても近くの商店街がシャッター通り化しない謎と答え

すでに内部崩壊が始まっていた商店街

 総合スーパーが郊外化を始めるのは、1992年に当時の大店法が改正施行され、地元との出店調整が廃止されて以降のことだ。これにより、総合スーパーは出店ラッシュの時代を迎え、本来は必ずしも好立地とされていなかった郊外部への進出に拍車がかかることになる。

 図表2は、過去35年間の専門店数の推移を追ったものである。なるほど1992年の大店法改正が商店街に打撃を与えたことに間違いはない。しかし、小売店の数はその前から減少トレンドを示していた。92年の法改正は、この傾向を後押しするものとなったにすぎない。大規模スーパーが郊外化し始める時点で、すでに商店街は内部崩壊を始めていたのだ。


 その後、小売店を取り巻く環境は、2000年6月の大店法の廃止と大店立地法の施行(地域経済的視点に基づく大型店出店規制の自由化=郊外化のさらなる促進)を経て、07年11月の改正都市計画法の施行によって、ようやく都市計画の視点に立った無秩序な郊外化の規制が始まることになる。

 しかし、図表2が示すように、政策的な郊外出店規制は商店街再活性化の効果をもたらすことができなかった。理由はひとつしか考えられない。商店街の内部崩壊は、絆創膏を貼るような目先の対応では解決できないレベルにまで達してしまっていたからだ。

メガストア激戦地でも元気な「砂町銀座」

 先日、久しぶりに江東区の砂町銀座商店街を訪れた。大規模なスーパーが少ない東京23区の中で、江東区は例外的なメガストアの激戦地だ。店舗面積1万平方メートル以上の総合スーパー(総合スーパーないしは大型の食品スーパーを核店舗とするショッピングセンターを含む)は23区に36店あるが、そのうち6店舗が江東区に集まっている。

 店舗面積ベースで見た江東区のメガストア集積度はもっと高く、6店の合計で23区全体の2割に及ぶ16万平方メートルを数える。2位の墨田区、3位の葛飾区がともに7万平方メートル強であることと比べると頭抜けて多い。なかでも、区内メガストアのビッグ3が集う砂町地区は激戦地中の最激戦地である。

 そんな厳しい環境に追い打ちをかけるように、10年には店舗面積3万平方メートル超のアリオ北砂が砂町銀座の目と鼻の先にオープンした。大規模スーパーが商店街のシャッター通り化をもたらしたのであれば、砂町銀座商店街は消えてなくなっていてもおかしくない。

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