7月の西日本豪雨や6月の大阪北部地震など、今年は特に大きな災害が日本列島を襲っている。振り返れば、昨年は九州北部豪雨が甚大な被害をもたらし、2016年は熊本地震、15年は関東・東北豪雨、14年は広島土砂災害が起きるなど、毎年のように大災害が発生しているのが現実だ。
今後は首都直下地震の発生も懸念されるが、首都・東京を大災害が襲えばどうなるか。各区の災害対策や危険度はどうなっているのか。東京23区研究所の池田利道所長に話を聞いた。
都心のタワマンは安全だが安心できない?
――東京23区の災害対策や減災努力はどのようになっていますか。
池田利道氏(以下、池田) 建物不燃化と延焼防止街区の形成を目指した防災型まちづくりが進められており、大きな効果が期待できます。しかし、難点は時間がかかることです。減災の目的を「命を守ること」と捉えれば、その主体は「自助」であり、それに「公助」によるサポートや、地域コミュニティによる「共助」がプラスされます。耐震基準を満たしていない建物の診断や補強、家具やブロック塀の倒壊防止などに関しては、すでに各区で取り組んでおり、23区で大きな差はありません。
――独自の対策やユニークな取り組みなどはありますか。
池田 火災対策としては、中野区の「街頭消火器拡充」と荒川区の「永久水利」が挙げられます。前者は街中におよそ25世帯に1本の割合という高密度な消火器設置を行っていくもので、同区内には6000本以上の街頭消火器が配備されています。中野区は住宅密集地を抱えているため、地震などで火災が発生した際の対策を強化しているのです。
後者は上水道が断水しても河川水や地下水を活用して消火活動を行うというもので、各地域で施設の整備を進め、災害時には木造住宅密集地に送水する体制を強化しています。
また、荒川区では「区民レスキュー隊」を組織しています。これは、建物の下敷きになった人の迅速な救出・救護などを目的とする自主防災組織です。品川区では、大学や工務店と共同で「品川シェルター」を開発し、設置の助成を行っています。これらは圧死対策といえます。
――東京は津波の心配は少ないので、火災と圧死に関する対策が大切になってきますね。
池田 一口に「安心・安全」と言いますが、「安心」と「安全」は分けて考える必要があると思います。そして、街の評価としては、自助を基本とする「安全」よりも、共助を基本とする「安心」のほうを重視すべきでしょう。
「安心」の面では、地域コミュニティのつながりが強い下町のほうが進んでいます。荒川区の「おんぶ作戦」や「災害時地域貢献建築物」は、その筆頭です。前者は、自力で避難することが困難な高齢者や障害者などをおんぶしてでも救うことで、そのための訓練を実施しています。また、後者ではマンションなどの建物を近隣住民の一時的な避難先として認定しています。
墨田区の「路地尊」は、雨水を地下タンクに貯蔵することで活用するシステムです。手押しのポンプで水をくみ上げることで、災害時の水源にもなります。板橋区では、「災害時には他人の家の庭先を通って逃げてもよい」とする「庭先避難路」に取り組んでいます。
地味ながら全国のモデルとなったのは、台東区の取り組みでしょう。災害時の避難所は地域の小中学校が多いですが、今は夜間は警備会社が遠隔で警備しているケースが多く、昔のように宿直の先生がいない。しかし、災害はいつ起きるかわかりません。そこで、台東区では学校の鍵を周辺の町会に預けておき、災害時には一般市民が鍵を開けることにしたのです。公共施設の鍵を一般市民に預けるというのは、相当な信頼度がないとできませんよね。今では全国各地で同じような取り組みが導入・検討されていますが、台東区がその先駆けとなりました。
――下町のほうが危険なイメージがありますが、安心度は高いということですね。
池田 逆に、安全度は高いものの安心度に疑問符が付くのが都心のタワーマンションです。都心3区(中央区、千代田区、港区)では、マンションなどで6階以上に住んでいる世帯が非常に多い。23区平均では16%ですが、中央区57%、千代田区51%、港区44%となっています。都心の高層マンションは築年数が新しく耐震性に優れているものが多いので、建物自体は安全でしょう。しかし、災害時にはさまざまなリスクが発生します。
東京都が想定する大震災時のエレベーター停止被害台数は約7000台ですが、その3割にあたる約2000台が都心3区に集中しています。マンションのエレベーターに閉じ込められる可能性があり、この多さでは救助にも相当な時間を要するでしょう。
また、後述するように、停電や断水などライフラインの途絶は、都心居住者の生活を直撃します。停電でエレベーターが停まってしまい、水が流れなければトイレにも行けない。最悪の場合、マンションの中高層階に住む人たちは、用を足すために十数階の階段を上り下りしたり、重い水を担ぎ上げたりしなくてはならなくなります。
死者発生リスクが高い墨田、台東、荒川、品川
――首都直下地震が発生した場合、東京23区で特に大きな被害が予想される地域はどこでしょうか。
池田 東京都の「首都直下地震等による東京の被害想定」は、もっとも被害が大きくなる「強い風が吹く冬の18時」に「東京湾北部を震源とするマグニチュード7.3の地震が起きた」というケースのシミュレーションを行っています。この条件下では、火災の被害が大きくなります。
建物被害から見ると、建物全壊率(区内の総建物棟数に対する全壊建物棟数の割合)は、荒川区(18.7%)、墨田区(17.1%)、江東区(15.4%)が上位3区です。これは、地盤が軟弱な上に、古い小さな木造の建物が密集しているところが多いからです。建物焼失率(同様に焼失建物棟数の割合)は品川区(28.3%)、大田区(22.3%)、杉並区(18.7%)が上位3区で、品川区や大田区などの環七沿いには「業火ベルト」と呼ばれる火災の危険地帯が連なっています。この2つを踏まえて導き出された建物滅失率は、品川区(33.3%)、墨田区(30.5%)、荒川区(30.4%)の順に高くなっています。
次に人的被害ですが、死者発生密度(人/平方キロメートル)が高いのは、墨田区(48.4)、台東区(47.8)、荒川区(41.4)です。人口に対する死者の発生率は、千代田区(57.9%)、台東区(27.4%)、墨田区(26.9%)となっていますが、千代田区が突出して高いのは、人口が少ないからです。相対的に見て、墨田区、台東区、荒川区、品川区あたりは死者発生リスクが高いといえるでしょう。
――ライフラインの断絶も心配ですね。
池田 停電発生率は、墨田区(61.8%)、台東区(52.3%)、荒川区(48.7%)が上位3区です。断水発生率を見ても、墨田区(79.6%)がトップで、次いで江東区(76.5%)、江戸川区(72.5%)、葛飾区(71.2%)までが70%を超えています。水道は完全復旧までに1カ月以上かかるといわれ、トイレの問題などもあるため、災害時には大きな問題となります。ちなみに、通信不通率は品川区(35%)、大田区(23.9%)、杉並区(19.7%)が上位を占めています。
また、足立区、葛飾区、江戸川区など東京の東部の地域では液状化も懸念されます。東日本大震災では千葉県浦安市で液状化現象が起きましたが、埋立地は時代によって液状化の危険度が変わってきます。前述した3区のあたりは、もともと田んぼでしたが、高度成長期に一斉に住宅が建設されました。そのため、表層地盤が軟弱で液状化が起きる可能性が高いのです。一方、埋立地といえばお台場ですが、これは意外と大丈夫。東京都がしっかりとつくっているからです。
――総じて、下町といわれる東部エリアの危険性が高いようですね。
池田 東京都が3月に発表した「危険度ランク4以上の町丁目の面積割合」を見ると、トップは荒川区(50.1%)です。これは、同区の半分以上の地域で危険度が高いということを意味しています。続いて、墨田区(32.1%)、中野区(27.6%)、北区(24.7%)、足立区(21.3%)、葛飾区(21.1%)となっています。
今回、判定方法を変えたこともあり、中野区や杉並区(8.5%)のリスクが高まっています。特に3位の中野区は危険度が高いエリアとされており、「東京は下町だけが危険」という認識を改める必要があるでしょう。これらの事情については、10月に上梓予定の『なぜか惹かれる足立(仮称)』(ワニブックス)で詳述しています。
板橋区の災害リスクが低い理由
――では、安全なエリアを挙げるとすればどこになるのでしょうか。
池田 東京都の各調査を見ると、もっとも安全度が高いとされているのは板橋区です。板橋区は立川断層帯から外れており、地盤を考えてもうなずける結果です。前述した建物滅失率、死者発生密度、死者発生率、停電発生率、通信不通率で23位となっており、そのほかの調査でも軒並み20位以下です。
しかし、その板橋でも、40軒に1軒は滅失し、5軒に1軒近くが断水し、80人以上の死傷者が出るとされています。そもそも、災害の被害予想は絶対的なものではありません。確かに、相対的に見れば被害が小さいかもしれませんが、それをもって「板橋は安全だ」と言うことはできないし、減災努力を怠ってはいけません。「東京23区に安全な場所はない」というのが現実的な見方です。
――ありがとうございました。
後編では、海抜ゼロメートル地帯の洪水リスクや水害の現実について、さらに池田所長の話をお伝えする。
(構成=長井雄一朗/ライター)