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正体不明の「ハム音」、解明へ…体調不良を誘発、発生源マップ作成

文=水守啓/サイエンスライター
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謎とされた自然由来のハム音

 日頃、我々はさまざまな種類の音を大量に聞いている。路上を行き交う自動車やバイクの音、歩行者の足音、人の声、電話の呼び出し音、ドアの開閉音、水が流れる音、風雨が草木や建物等に打ち付ける音、工場での機械音、ペットの鳴き声、カラスやハトのような鳥や野生動物の鳴き声、さらに虫の鳴き声など、書き出せばきりがない。

 筆者は里山で田舎暮らしをしているため、特に昆虫や鳥、動物の鳴き声を多く聞いている。だが、自分の勉強不足もあるが、具体的にそれらの鳴き声の主が何者なのか、わかるのは一部であり、大半はわからない状態にある。また、ガタゴトという衝撃音を聞いたとしても、具体的に何がどこに当たって音を立てているのか簡単にはわからず、あまり関心を払うこともないように思われる。

 おそらく、筆者だけでなく、ほとんどの人が正体不明の音をたくさん聞いているはずである。とはいえ、ほとんどの場合、説明されればすぐに納得できる類いの音ばかりを聞いていることは間違いないだろう。

 一方、長年科学者の間でその存在は知られていたものの、何が生み出しているのか謎とされてきた音もある。その一つは、地球が生み出す音で、ヒトには聞こえないが、地震計では検知可能な低周波のハム音である。

 2015年2月10日、査読付き科学誌「Geophysical Research Letters」は、その音は主に地球を微かに振動させる海洋波によって生み出されるとした新しい研究論文を掲載した。

 海洋波同士の衝突は何かしら地震活動(地震のような振動・音)を生み出すが、ハム音の大部分は巨大でゆっくりと動く海洋波の運動と圧力が海底に及んで生じていることが、フランス国立科学研究センターの上級科学研究員ファブリス・アルダイン博士によって発見されたのである。

 アルダイン博士は、海と風と海底の情報を活用して、ハム音を起こしうる海洋波がどこに発生しやすいのか、コンピューターで割り出した。それは、海底に到達し得る巨大な波の高さを示した世界地図として示されており、イギリス、フランス、ポルトガル、スペイン沖の大西洋北東部で特に発生しやすいことがわかった。

 なお、アルダイン博士によると、そのハム音はヒトには聞こえない周波数帯にあるが、もしその再生速度を1万倍にして聞いてみれば、アナログテレビが電波を受信できない時に発するノイズのような音だという。

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画像:仏ブレスト大学Fabrice Ardhuin博士

明らかとなった工業的ハム音の発生源

 さて、地球で発生しているハム音には人工的に発生しているものも多く、なかにはその正体が不明なものもある。やはり、ヒトに聞こえるとは限らないが、特に夜間、エンジンのアイドリング音のようなノイズとして認識される低周波音がその代表である。

 近年、長時間の曝露で体調不良を起こしやすいとして問題となっている家庭用コージェネレーションシステムやハイブリッド車からの低周波振動音も、このハム音と同じタイプではあるが、規模が小さく、周波数も高くて聞こえやすいといえるだろう。ハイブリッド車の中で日常的に睡眠をとる人はほとんどおらず、家庭用コージェネレーションシステムは隣家による影響もあり得るものの、自宅であればその利用法を再考するなど、発生源の特定も対処法の検討も可能である。

 だが、簡単には解決が難しい工業的なハム音がある。それは、大規模な工業機械から発生する超低周波音で、その性質からヒトには聞こえないレベルで広範囲に伝わる。ヒトにもたらす体感にも個人差を生みやすく、多くの人は何も感じないものの、少数の人が体調不良を起こし、超低周波音が原因であるとはなかなか気付かないといったことも珍しくない。

 問題のハム音は、免疫力が落ちて敏感になった人々が実際に知覚できている可能性もあれば、未解明のメカニズムによって脳や聴覚器官で内部的に生み出される耳音響現象という説もあるが、きちんと調べてみれば、地震計によって実際に検知されるケースも多い。

 実のところ、この種のハム音に悩まされる人々は世界中に多く存在し、2~4%程度の人々が体験しているのではないかと推測されている。ただし、ハム音の発生が報告される場所は数多く、十分な調査は及んでおらず、そのうちどの程度の割合で実際に低周波音が検知されるのかということはわかっていない。そのため、家庭にコージェネレーションシステムのようなものが設置されていないばかりか、近隣に工場等も存在しなければ、ある種の幻聴とみなされてしまうこともあるようだ。

 この種のハム音は人為的な要因によって発生していることもあり、その報告は欧米先進国が多い。アメリカでは研究者らが高密度なセンサーネットワークを用いて2003年から2014年の間、工業プロセスにおいて持続的に発生する地震波信号を調査し、その地域を明らかにしてきた。

 2019年、ロスアラモス国立研究所のオマー・マルシロ博士と彼の同僚らは、この「工業ハム」の地図を作成した。その地図を見れば、どこに特定の種類の産業活動が顕著にみられるのかがピンポイントでわかるという。

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オマー・マルシロ博士

 当初、マルシロ博士らは海洋嵐のような現象からノイズがグローバルに伝播していく様を調査すべく超低周波を測定する実験を行い、音響データを収集していた。ところが、その音響データの中に工業的な信号が含まれるのを発見した。そして、自分たちが検出した超低周波信号の一部は検出器から数十キロも離れたところからやって来ていたことを突き止めた。それは、意外にも風力発電所であり、地震波信号を大地を介して伝えていたことにマルシロ博士らが気づいたのだった。

 そこで、400台の広帯域地震計からなる移動体ネットワーク「可搬型アレー」を用いて、アメリカ大陸を横断しながら地震波データを調べてみることにした。すると、特徴的な信号は風力発電所のタービンや、フーバー・ダム(アリゾナ州とネバダ州の州境にある)のような場所にあるタービン、ワシントン州・カリフォルニア州の巨大ポンプ場など、大きな工業機械によって生み出されていたことがわかったのだった。ちなみに、超低周波によるハム音を生み出す条件は、回転部品を有し、調和的に運動する大規模な機械で、家庭用エアコンのようなレベルではないという。

 このたび、「工業ハム」の発生源を示す地図が作成されたことで、極めて精密な動作を要求される機器の設置場所の選定等に役立つことが考えられるとマルシロ博士は指摘するが、超低周波音に対して敏感な個人にとっても、引っ越し先の選定等に役立つことだろう。

 とはいえ、発生する超低周波音を「変えられない現実」としてただ受け入れるだけでは不十分で、なんらかの対処が必要である。事業者が使用する大規模工業機械の改良も不可欠だが、超低周波音というノイズ信号を消し去る方法を探ることも必要で、マルシロ博士らは目下その課題に取り組んでいる。可聴周波数外のノイズキャンセリングシステムは画期的であり、その実現を大いに期待したいが、この問題では遅れがちな日本国内での調査・対策にも期待したいところである。

(文=水守啓/サイエンスライター)

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作成初期段階での地図(図:Omar Marcillo/LANL)

水守啓/サイエンスライター

水守啓/サイエンスライター

「自然との同調」を手掛かりに神秘現象の解明に取り組むナチュラリスト、サイエンスライター、リバース・スピーチ分析家。 現在は、千葉県房総半島の里山で農作業を通じて自然と触れ合う中、研究・執筆・講演活動等を行っている。

著書に『底なしの闇の[癌ビジネス]』(ヒカルランド)、『超不都合な科学的真実』、『超不都合な科学的真実 [長寿の謎/失われた古代文明]編』、『宇宙エネルギーがここに隠されていた』(徳間書店)、 『リバース・スピーチ』(学研プラス)、『聖蛙の使者KEROMIとの対話』、『世界を変えるNESARAの謎』(明窓出版)などがある。

ホームページ: Kei Mizumori's Official Web Site

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