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有馬賢治「日本を読み解くマーケティング・パースペクティブ」

ドコモショップ“客をクソ野郎”騒動に潜む構造的問題…「感情労働」に求められる高度なスキル

解説=有馬賢治/立教大学経営学部教授、構成=武松佑季
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ドコモショップ

 今年1月、ドコモショップの店員が顧客に渡した資料のなかに、その顧客を“クソ野郎”呼ばわりするメモがまぎれてしまい、それがTwitterで拡散されるという騒動が発生。その結果、NTTドコモが正式に謝罪をし、当該ショップは当面の間臨時休業を余儀なくされた。

 この件に限らず、あらゆるサービス業で店舗側が抱く顧客への悪感情がつい漏れてしまい、トラブルに発展するケースは少なくない。こういった事例を立教大学経営学部教授でマーケティングが専門の有馬賢治氏は「当該企業の顧客観が反映された結果」と話す。

「感情労働」とは?

「顧客は本来、自社に販売収益をもたらしてくれる歓迎すべき相手なのですが、日々繰り返される業務のなかで、顧客をもてなす気持ちが薄れてしまうこともあります。それが漏れてしまうと今回のドコモショップのように大きな問題となってしまうのです。現場の人間にとってすべての顧客が歓迎できるとはいいがたくても、商売の基本姿勢としては来客を歓迎する気持ちは重要です。こうした相手に対して自分の感情をコントロールしつつ、ポジティブな働きかけをして報酬を得る労働を、アメリカの社会学者、A・R・ホックシールドは『感情労働(Emotional labor)』と規定しています」(有馬氏)

 一般的に知られる仕事の分類は、「肉体労働」と「頭脳労働」の2種類である。そこに新たに「感情労働」を加えることができるのだという。

「主な業界は飲食業界、小売業界、ホテル業界など接客が伴うサービス業です。さらに、コールセンター、クレーム対応、企業広報といった直接人に対面しない職種も当てはまります。細かくいえば、医師や教師、介護士やカウンセラーもこれに該当しますし、自身の気持ちを抑圧、調整して一定の感情表現が求められるという意味では、芸能や演劇業界も含まれます」(同)

 肉体や頭脳を駆使する割合が、感情をコントロールする機会よりも多ければ「感情労働」には分類されない。しかし広義で考えれば、職人やプログラマーなどひとつの作業に集中すればいい仕事を除いて、ほとんどの仕事が「感情労働」的要素を持っていると有馬氏。代表例こそサービス業が挙げられるが、労働と感情のコントロールは切っても切れない関係なのだ。

現場のモチベーションを上げさせるのが本部の課題

 では、この「感情労働」の難しいところはなんなのか。

「さまざまな人を相手にするため、高度なコミュニケーション能力が求められる点です。つまり、コミュニケーションのなかで自分自身の内面の感情を問わず、求められる感情表現をしなければなりません。言い換えれば、業務の上で演技のスキルが求められるのです。レストランの接客は、どんなに気持ちが沈んでいても笑顔で行わなければなりませんし、葬儀の担当者は、どんなにうれしいことがあっても式中は厳かな面持ちが求められます。反対に、医師はひとりの患者に感情移入をしすぎると他の患者への対応が疎かになる可能性がありますから“自分”と“他者”の境界を保つ冷静なメンタルも重要になってきます」(同)

 携帯ショップや飲食店などの店員は、理不尽な顧客に対しても自分の気持ちを押し殺して、相手の立場に立って接客をするのが鉄則。とはいえ、人間はロボットではない。飲食店のアルバイトの立場なら、混雑しようが暇だろうが時給は変わらないし、面倒な顧客の相手をしたからといってインセンティブをもらえるわけではない。業界の末端であればあるほど、顧客を“ただの負担”と考えやすくなってしまう。

 携帯ショップはあくまでキャリアの下請けとして、ノルマなどを押し付けられている弱い立場とも考えられるし、そうであれば負担が増す原因をつくる顧客に対して、悪態のひとつもつきたくなる気持ちもわからないでもない。

 アメリカなどのようにチップ社会なら、どんなに顧客が多くても接客をモチベーションにできる。だが、日本で今からチップ制度を導入するのは難しい。であるとしたら、本社や大元の企業は現場のためにどんな組織やシステムづくりを目指すべきか。

「労働者が、労働に対する対価を得ることは当然の権利です。その意味では、労働時間に対する給料だけではなく、成果に対する評価や報酬を企業側が工夫するべきなのです。成績に応じて賞与に反映される企業も多いですが、こうしたシステムがすべての業種や業態に浸透しているわけでもありません。また、賃金だけがモチベーションにつながるわけではありませんので、『感情労働』が必要とされる従業員に対して、例えば休憩時間の増加や従業員間の投票で笑顔の一位を決めるなどの表彰制度といった多面的なインセンティブを導入して現場の士気が上がる可能性もあるでしょう。そうすれば顧客への不満が表に出るリスクも下がるのではないでしょうか」(同)

 最近は「アンガーマネジメント」という言葉が流行している。一時の感情での行動が大きな問題になる世の中だけに、「感情労働」が求められる職場は更に増加している。こういった現場の労苦への配慮を本部レベルで対応する時代に突入したのであろう。顧客とのトラブルをゼロにすることは不可能であろうが、全社的に減らすためにも従業員のケアは現代企業の大きな課題だといえるのではないか。

(解説=有馬賢治/立教大学経営学部教授、構成=武松佑季)

武松佑季/フリーライター

武松佑季/フリーライター

1985年、神奈川県秦野市生まれ。編集プロダクションを経てフリーランスに。インタビュー記事を中心に各メディアに寄稿。東京ヤクルトファン。サウナー見習い。

Twitter:@yk_takexxx

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