小泉今日子が潮目を変えた…「#検察庁法改正案に抗議します」のうねりを検証する
5月8日金曜からの衆議院内閣委員会における審議開始以降、多くの抗議活動が巻き起こり、11日月曜には日本弁護士連合会が反対の会長声明を発表、15日金曜には元検事総長総長を含む検察OBらが反対する意見書を法務省に提出、さらに18日月曜には元東京地検特捜部長らを含む検察OB意見書を公表するなど、法曹界内部からも批判の声が広がった「検察庁法改正案」。こうした反対の声を受け18日月曜午後、安倍晋三首相は急転直下、同法案の今国会での成立を断念した。
本件については、多数のツイッターアカウントが「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグ付きのツイートをする現象が見られたこと、そのなかには多くの著名人も含まれていたことは、すでにさまざまなメディアが報じた通りである。特筆すべきはそうした著名人のなかに、普段から安倍政権に批判的な論陣を張っていた者のみならず、これまでは政治的な発言を一切していなかった芸能人も多数含まれていたことであろう。
SNSに普段から一定程度慣れ親しんでいる者ならば、ツイッターを通じて安倍政権に批判的な主張などすれば、政権擁護派のアカウントから大量の批判的なリプが付くこと 、さらには「パヨクだ」「反日だ」などのレッテルを貼られてしまうであろうことは、容易に予想できよう。そのような事態におちいることは、“人気商売”の側面の強い芸能人にとって、大きなリスクを伴うものだったはずだ。
にもかかわらず多くの芸能人が「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグが付いたツイートをしたということは、今回の検察庁法改正の件がそれだけ世の関心を集め、問題視する者が多かったことの証左にほかなるまい。
まさにそうした批判のうねりが巻き起こるきっかけともなった、芸能人らによる今回のツイート、ハッシュタグの拡散。では、それはどのように始まり、拡散していったのか。ここにあらためて検証してみたい。
(【後編】はこちらより)
豊原功補「検察庁法改正案、これ絶っ対ダメ! 汚すぎる!」
「1人でTwitterデモ #検察庁法改正案に抗議します 右も左も関係ありません。犯罪が正しく裁かれない国で生きていきたくありません。この法律が通ったら「正義は勝つ」なんてセリフは過去のものになり、刑事ドラマも法廷ドラマも成立しません。絶対に通さないでください。」
のちに巨大なうねりを巻き起こしていくこととなるこのハッシュタグが付されたツイートが最初に投稿されたのは、5月8日金曜19時40分のこと。 5月13日水曜付けの毎日新聞ウェブ版ではこの女性への直接インタビューを掲載しているが、当該ツイート主は東京都内在住の30代の女性であり、「私はボールを投げただけで、それがどんどんパスされていったような感覚でした」と語ったという。拡散後には戸惑いを覚えたといい、なんらかの組織による戦略的な仕掛けなどではなく、極めて個人的な思いからのものだったようだ。
そこから徐々にこの「#検察庁法改正案に抗議します」ハッシュタグは拡散されていくが、8日夜の時点ではまだ、それほど大きな勢いとはなっていなかった。
明けて5月9日土曜の午前10時45分、俳優の豊原功補が下記のようなツイートをしている。
「検察庁法改正案、これ絶っ対ダメ! 汚すぎる! 大きく報じない背任だの公職選挙法違反だのって、本来トップはいつ送検されてもおかしくないわけだよね。野党は諦めちゃいけない、メディアやジャーナリストはどんどん報じて欲しい。何より検察内部の人間は一体どうしたんだ!この国無茶苦茶になるぞ!」
こうして豊原は検察庁法改正案への抗議の姿勢を表明したわけだが、ハッシュタグを付けてはいない。ツイート数が一気に伸びるのは同じく9日土曜の夕方からで、これが22時頃には40万ツイートという爆発的な増え方をしている。
1933年、憲法が停止されたナチス・ドイツ帝国
筆者の調べた限りでは、件のハッシュタグをつけたツイートをした、あるいは、それをリツイートした最初の芸能関係者は、ミュージシャンで劇作家のケラリーノ・サンドロヴィッチで、9日土曜のの18時39分のことである。その次が歌手の畑中葉子で20時50分。この2名は過去にも政権に批判的なツイートをしたことがあり、このあたりまでは “想定の範囲内”であった。
過去には政治的発言が見られない芸能人の先陣を切ったのが、ロックバンド・OKAMOTO’Sのドラマー、オカモトレイジである。22時10分に以下のツイートがある。
「身近な信頼できる人達がみんな抗議してるから、どういうことだろう?と思って調べてみたらマジで半端ねぇ事が起きてた。みんなもちょっと調べてみて。ゲームの攻略サイト見るくらいの感じで理解できたよ #検察庁法改正案に抗議します」
総ツイート数が約40万に達した5月9日土曜の夜には、過去にもしばしば政治的なツイートをしている演出家の鴻上尚史、そして昨年の参院選に立憲民主党より立候補した元モーニング娘。の市井紗耶香らがツイッターデモに加わった。
「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグはこうした流れのなかでトレンド1位になり、より多くの人の目に触れることとなっていく。
23時25分に、ロックバンド、ソウル・フラワー・ユニオンのアカウントが、別のアカウントによる「1933年のドイツのように『あのときが転換点だった』と未来の人たちに言われないようにしなければいけない。」というハッシュタグ付きツイートをリツイートする。ここでいう「1933年のドイツ」とはもちろん、全権委任法が成立し憲法が停止されたナチス・ドイツ帝国を指している。
伝説のアイドル、小泉今日子で潮目が変わる
日付が5月10日日曜に変わった瞬間の0時ちょうどに、35万人以上のフォロワーを擁するロックバンド、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカリストでありフロントマンの後藤正文が、関連ツイートをリツイートする。
0時台には、篠井英介、浅野忠信(フォロワー28万人超)と、2人の俳優がツイート。午前1時を過ぎると、「株式会社明後日」なるアカウントが、ミュージシャン・大友良英による、検察庁法改正に反対する過去のツイートを、ハッシュタグを付けてリツイートする。この「株式会社明後日」というのは、大手プロダクションから独立した小泉今日子の個人事務所であり、そのプロフィール欄には「代表取締役の小泉今日子が呟きます。」なる記述がある。ここにおいて、1980年代から芸能界のメインステージに立ち続けた大物タレントが、検察庁法改正案への抗議の姿勢を明確にしたわけである。
小泉はこれ以前にも、いわゆるアベノマスク問題について批判的なツイートをしていたが、検察庁法改正案問題については、さらに主張を強く打ち出していく。先のリツイートの3分後に、「もう一度言っておきます! #検察庁法改正案に抗議します」とツイート。アイドル時代の彼女には『見逃してくれよ!』のヒット曲があるが、この件を見逃すわけにはいかなかったのであろう。
井浦新「この国を壊さないで下さい」
潮目が変わっていったのはこのあたりだ。芸能関係者には夜型が多いのか、以後、関連ツイートは朝まで途切れることがなく、従来は政治に関する発言をしなかった人物も続々と抗議の列に参加していく。
『孤狼の血』の白石和彌や、『この世界の片隅に』の片渕須直といった映画監督、NHK「連続テレビ小説『エール』に出演中の俳優・野間口徹や相島一之、元AKB48の秋元才加、『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ役でおなじみの緒方恵美をはじめ、置鮎龍太郎、新谷真弓といった声優陣……。いずれも、それぞれのジャンルの現役第一線で活動する面々である。
朝6時を過ぎると、50万近くのフォロワーを持つお笑いタレントの大久保佳代子、俳優の井浦新、落語家の立川談四楼、舞台演出家の宮本亜門、AAAの日高光啓、いきものがかりの水野良樹と、多様なジャンルの顔ぶれが続々とツイート。
井浦は、
「もうこれ以上、保身のために都合良く法律も政治もねじ曲げないで下さい。この国を壊さないで下さい。」
水野は、
「どのような政党を支持するのか、どのような政策に賛同するのかという以前の問題で、根本のルールを揺るがしかねないアクションだと感じています。」
とそれぞれコメントを付けた。
怪物インフルエンサー、きゃりーぱみゅぱみゅで山が動く
10日日曜、世の中が動き出す時刻を迎えてからも、タレントの松尾貴史、モデルの水原希子、メンタリストDaiGo、女優の鈴木砂羽、声優の稲川英里など、各ジャンルからのツイートが続く。
今回の現象におけるひとつのクライマックスが、SNSの世界で圧倒的な影響力を持つきゃりーぱみゅぱみゅのツイートだ。11時2分、それ以前からネット上で拡散されていた、「桜を見る会&検察庁法改正案相関図」なる図版とともに、「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグを付しツイートした。
500万人以上のフォロワーを誇るインフルエンサーのツイートで、ツイッターデモの存在をさらに多くの人が認識することとなり、ますます“大山鳴動”の感は広まっていく。ただし、同時に彼女のアカウントには、その主張に対する否定的なリプが大量に付くことになる。
芸能人のハッシュタグ付き関連ツイートは、その日の夜にいたるまでどんどん増えていった。
11時台には、AAAのメンバーとして2人目となる末吉秀太、俳優の宍戸開に城田優、ミュージシャンの小宮山雄飛(ホフディラン)がデモに参加。
13時以降は、歌手の加藤登紀子、映画監督の岩井俊二、歌手の中村中、元格闘家の高田延彦、タレントの麻木久仁子、江口ともみ、俳優でミュージシャンの世良公則、作詞家の松本隆、俳優の西郷輝彦、元ピチカート・ファイヴの野宮真貴……といった具合に、年齢もジャンルもバラバラの顔ぶれが続くことになる。なお、当初はハッシュタグのみをツイートした岩井俊二は、12日火曜になって、「李下で冠から手を離せば終わるのに離さないから終わらない。」というなんとも意味深なツイートもしている。
綾小路翔、SUGIZO、フォロワー数十万のミュージシャン も
10日日曜16時7分には、フォロワーが38万人を超える綾小路翔が踏み込む。
「#検察庁法改正案に抗議します のRTを見て、余りに無知な己を恥じ、自分なりに調べてみた。確かに由々しき事態。が、コロナ禍によるストレスも相まり、事実を把握しないまま、ただ陰謀論に煽られて盛り上がっているだけの人も実際多い。でも、こうして我々が政治や社会に疑問や関心を持つ事は有意義。」
18時11分には、フォロワー数19万人超、LUNA SEAとX JAPANのメンバーを兼ねるSUGIZOがこうツイート。
「検察庁法改正案、種子法種苗法、緊急事態条項。どれも恐ろしい。全く賛成できない。けど、せめてそれらの討論は新型コロナ終息後にするべきではないの? 今じゃないでしょう?」
その後関連ハッシュタグは、「#検察庁法改正に抗議します」「#検察庁法改正の強行採決に反対します」と、時間の経過とともに微妙に変遷していき、徐々に落ち着いていく。
こうして、5月8日金曜の夕刻にひとりの女性のつぶやきから始まり、5月9日土曜22時頃を境に大きなうねりとなっていった今回のツイッターデモは、間断なくほぼ途切れることなく続き、およそ24時間後の5月10日日曜の夜を迎えたあたりで、一応の収束を見たのである。
異例ともいえる芸能人たちのデモ参加は、ツイッター上で「検察庁法改正案」反対派には歓迎され、安倍政権擁護派からは激しい反発を買った。また、「芸能人はコロナで暇だから」「ムードに乗せられただけだ」といった冷笑的なツイートも少なからず見られた。
しかし、普段は政治に関心を示さないような多くの人々に、「コロナ禍のさなか、国会で何やらよからぬことが起こっているらしい」ということを知らしめる大きな役割を果たしたことだけは間違いないだろう。
次に続く【後編】では、芸能人たちのツイートに対して押し寄せたネガティブな反応に対し、芸能人たち自身はどのように“反撃”していったのかを追ってみようと思う。
(文=峯岸あゆみ)
【註:本記事において引用させていただいたツイートはすべて、原文ママの表記といたしました。また、勝手ながら敬称は略させていただきました。芸能人の方々に感謝するとともに、あらかじめお詫び申し上げます】