稲田俊輔「外食のディテール」

格安&高クオリティの「デニーズダイナー」、酷評され普通のファミレスになったワケ

デニーズダイナー HP」より

 ファミリーレストランチェーンのプレミアム業態は、日本ではなかなか根付かない印象があります。

 歴史を遡るとかつてすかいらーくグループがスカイラークガーデンズという高級ファミレス業態を展開していた時代があります。このスカイラークガーデンズは、イタリア料理を中心とする業態で、そのファミレスの域をはるかに超えた、商品やサービスのクオリティの高さは今なお語り草になっているほどですが、結局のところ店舗数はあっという間に頭打ち、その後ガストなどの低価格店に切り替わっていったりして、現在では一店舗も残っていません。ロイヤルホストの高級業態とも言えるシズラーは、一部で熱狂的なファン(私もその一人です)の支持を得つつ、現在では展開エリアも店舗数も縮小、都内に10店舗を残すのみとなっています。

 そんななか、2018年末にデニーズは東京自由が丘エリアの八雲店を全面リニューアル、新たに「デニーズダイナー」という新業態を立ち上げました。私が実際訪問したのはオープンから約1年後の事でした。実はこのデニーズダイナー、現在では再びメニューを大きく変更しているのですが、ここではまずその変更以前のお店の様子をレポートします。それがその後のコンセプト変更にどうつながったのかという視点でしばしお付き合いください。

まごうことなき「レストラン」

『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本 』(稲田俊輔/扶桑社新書)

 さて、実際にその時体験して感じたのは、これは単に「価格の高いファミレス」ではなく、まごうことなき「レストラン」という印象。その日はこの店のシグネチャーメニューともいえる料理を選んでオーダーしました。

 まずは前菜として「本日のデリ4種の盛り合わせ」です。日替わりデリのメニューはグランドメニューとは別に、文字だけが印刷されたシンプルなメニューに10種類程度が並び、そこから自由にチョイスできます。メニューの体裁もそこに並ぶ内容も、ファミレスらしからぬ、個人店の専門レストランを彷彿させるもの。その時私は、小海老のサラダや人参のムース、茄子のマリネなどを選びましたが、いずれもレストランとしてのクオリティを充分満たすものと感じました。

 一皿で約1500円という価格はもちろんファミレスの感覚では安くはない、というかはっきりと高価ではありますが、素材から推定する食材原価や決して大量生産的ではない丁寧な仕込みを考えると、価格以上の価値はあるという印象。各料理のイメージとしてはデパ地下などにある量り売りのデリサラダに近いものです。デパ地下デリのグラム単価が決して安くはないことを考えると、それをフルサービスのレストランで楽しめるというのはお得といっていいかもしれません。

 メインとして選んだのは「黒毛和牛ランプのグリル シャルルマーニュ風」。赤身のステーキに、卵黄のコクを生かしたサヴァイヨンソースを合わせたものです。レストランのメインディッシュとしての華やかさとオリジナリティを備えた、素晴らしい一皿だったと思います。主役のグリルとそのソースもさることながら、付け合わせが非常に印象的でした。一見よくあるマッシュポテトと思いきや、中東料理の「フムス」を思わせる、香辛料の個性的なフレイヴァーを効かせた極めてエキゾチックで印象的な一品。個人店のビストロなどでもここまで凝った付け合わせというのはなかなかないものです。

 そして最後にデザートとして、これもメニュー上で強くリコメンドされていたティラミスを選び、その日のディナーは完了です。トータルで充分すぎる満足感でした。

「高級ファミレス」という業態の難しさ

 その時点でのデニーズダイナーはこのように、前菜・メイン・デザート、とコース的な流れでの食事を想定したメニュー構成となっていました。そうなると、車で来ているなどのやむを得ない事情がない限り、ワインなどの飲み物を合わせるのがむしろ自然。結果的に想定客単価は4000〜5000円程度ということになるでしょうか。

 これはレストランとして考えると、内容を鑑みても安いともいえますが、ファミレスの延長と考えると法外に高いと思う人がいてもおかしくありません。ましてやこの店には(業態コンセプトはまったく別物とはいえ)「デニーズ」という名称が付いています。普段のデニーズとは気持ちを完全に切り替えてレストランとして楽しんでください、と言われてもなかなかそうもいかないのが普通でしょう。結局のところ、これが「高級ファミレス」という業態の難しさなのだと思います。

 実際この時の訪問で、私はその難しさを実際に体感することにもなりました。そのひとつは接客です。常にそうなのかはわかりませんが、私が訪問した時のサービススタッフは、学生さんと思しきアルバイトスタッフ。もちろんマニュアル通りにそつなく仕事をこなされてはいました。決してそこに不満があったというわけではありません。

 印象的だったのは、前菜として選んだ「日替りデリ」がサーブされた時のことです。ピークタイムを少し外した時間帯で、サービススタッフが手一杯ということはなく、むしろ手持ち無沙汰な雰囲気だったにもかかわらず、その時だけは、コックコートを身に付けたキッチンスタッフ、おそらく社員と思われる男性がホールに出てきて直接サーブしてくれたのです。その方は単に料理を卓上に置くだけではなく、しっかりと各料理ごとの説明をしていただけました。それ自体は素晴らしいことだったと思うのですが、逆にいえばその部分はアルバイトスタッフには任せきれない、つまりデニーズの教育ノウハウをもってもマニュアル化不可能だったということです。

 私以外のお客さんの動向も少し気になりました。私とほぼ同時に来店された男女4人のグループがオーダーしたのは、それぞれパスタ一皿ずつとコーヒー。パスタをそそくさと食べ終え、あとはずっと仕事がらみのお話をされていました。レストランのというよりはいかにもファミレス的な光景です。

 私の隣の席に案内された30代ビジネスマンと思われる男性は、メニューを開いてあきらかに動揺していました。おそらくですが完全にファミレスとしての「デニーズ」のつもりで来店したのだと思います。男性はホールスタッフを呼び「セットメニューはないのか」と質問していました。もちろんそういうものはありません。

 結局その男性はメニューの片隅にひっそりと書かれている「単品ライス」と共に「和風ハンバーグ」をオーダーし、食べ始めてからそれだけではあきらかに物足りないことに気付いて「フライドポテト」を追加しました。おそらくですが、この男性は次回からは少し遠くても別のファミレスを選び、ここに再び訪れることはないでしょう。

確かに的確な経営判断なのだが……

 口コミサイトを見ても、デニーズダイナーに対する評価は、この日見た光景を彷彿させるものがほとんどです。「ファミレスだと思って入ったら全然違って慌てたが今更退店できなかった」「普通のデニーズに戻してほしい」「ファミレスなのに高すぎる」といったマッチングエラーがどうかすると半数近くを占めています。

 もちろん、この業態の趣旨を即座に理解した「レストラン慣れ」した層のレビューもあるのですが、それらは逆に「しょせんファミレス」といった先入観に基づいた上から目線の酷評が目に着きます。

 私が個人的に最も感動したフムス風の個性的な付け合わせに至っては、それに言及するいくつかのレビューすべてが酷評でした。クセが強すぎる、普通のマッシュポテトがいい、と。逆にあえて個性を抑えて万人受けを狙ったと思われる「日替りデリ」や「ティラミス」は、特徴がない、あまりにも普通、と。

 なんといいますか、踏んだり蹴ったりです。もちろんたった一回の訪問とネットから収集できる情報はあくまで一面的なものにすぎませんが、デニーズダイナーの果敢な試みは、残念ながら成功とはいえなかったのかもしれません。

 そして、先にも少し述べた通り、デニーズダイナーは私が訪問した直後、つまりオープンから1年を経て大幅なメニューリニューアルを行ないました。最大の特徴であった「日替りデリ」はなくなり、いかにもファミレス的な内容のサラダバーに置き換わりました。メインの肉料理は溶岩プレートを用いたハンバーグやステーキが中心に。あの素晴らしかった「シャルルマーニュ風」も、個性的すぎるフムス風の付け合わせと共にメニューから消えました。

 要するにファミレスのお家芸の一つである「ステーキ&サラダバー」の典型的なスタイルに限りなく近いものになったといえます。もはやワインを楽しみつつゆったりと過ごすレストランという雰囲気はだいぶ薄れてしまい、客単価も通常のファミレスよりはやや高めに推移しそうではありますが、それもせいぜい3000円弱といったところでしょうか。

 これまでの経緯を見る限り、これは確かに的確な経営判断だと思います。しかしそこに一抹の淋しさを感じるのは私だけでしょうか。

(文=稲田俊輔/飲食店プロデューサー、料理人、ナチュラルボーン食いしん坊)

稲田俊輔/「エリックサウス」総料理長

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近著は『食いしん坊のお悩み相談』(リトル・モア)。

Twitter:@inadashunsuke

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