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牧野知弘「ニッポンの不動産の難点」

オフィスのフロア数8→2に削減、都心のタワマン購入不要…テレワーク、不動産業界に激震

文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役
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「Getty Images」より

 昨年の11月に中国武漢市で発生した新型コロナウイルスは世界中に蔓延。いまだに世界を震撼させている。我が国でも4月7日に全国に発せられた緊急事態宣言によってほとんどの経済活動がマヒ。トヨタ自動車の大幅な減益予想など経済面でも大混乱の様相を呈し始めた。幸い、季節が夏に変わるにしたがって感染者数は減少し、ひとまず宣言解除。第2波、第3波の懸念は残るものの世の中はポスト・コロナに向かってそろりと動き始めている。

 テレワークを強いられていた多くの勤労者たちもオフィスに戻り、平常業務に就きつつあるが、ではすべてがコロナ前の生活に戻ることができるのだろうか。一部では3カ月程度に及んだ国民の蟄居が購買パワーや旅行意欲を掻き立ててV字回復に向かうとの期待があるが、現実はそんな生易しい話でもなさそうだ。

 不動産業界でこのコロナの影響が真っ先に現れたのはホテル、商業施設関連だ。2020年夏に開催を予定していた東京五輪需要や、伸び続けるインバウンド需要をアテにして乱立気味だったホテルの多くは、インバウンドどころか国内客まですべてを失う惨状だ。シティホテルも進入学や会社の異動、新役員のお披露目など宴会場やレストランを含めた格好の稼ぎ時のはずの春のシーズンを棒に振り、当分の間休業を余儀なくされるホテルも多数を占めた。

 商業施設も食品関連を除き、営業ができないという非常事態に陥った。物販関連についてはもともと昨年10月の消費税増税で売上がかなり落ち込んでいたのに加え、今回のコロナ禍がいわば背中を押す形となってしまったのだ。服飾大手のレナウンが民事再生を申請したのは象徴的な出来事だった。

オーナーとホテル間で激しい賃料減額交渉

 ホテルや商業施設は不動産業界にどのような影響を与えているのだろうか。ホテルについてはオーナーが直接営業している形態のものもあるが、問題が深刻なのは建物を保有し、ホテルに賃貸をしているケースである。ホテルは基本的に建物すべてをオーナーと10年から20年程度の長期間賃借しているものが多い。ホテルの稼働率が10%を切るようになって、オーナーに約束していた賃料を支払えなくなるケースが続発しているのだ。

 現在交渉が行われているのが、オーナーとホテル間の激しい賃料減額交渉だ。オーナー側がホテル側の要求を受け付けずに仮にホテルが倒産でもしようものならオーナー側は他のホテルと切り替えなければならなくなるが、このコロナ禍で新たにテナントとして名乗り出るホテルが存在しないことは明白だ。また、ホテルのような建物はマンションや高齢者施設などに転用ができそうに見えるが、設備仕様などが相当異なり、そう簡単に用途変更ができないという悩みもある。

 商業施設では通常、建物オーナーと各店舗の間では「固定賃料(最低保証賃料)+売上歩合賃料」という形態をとるものが多い。ところが商業施設自体が開店を自粛するよう要請された結果、売上がなくなってしまったので当然歩合賃料はゼロになった。オーナーとしては最低保証賃料である固定賃料部分は支払ってもらえるはずの契約であるが、今起こっていることはこの保証賃料を支払えないという、すさまじい事態なのだ。

 JR系のルミネではいち早くこの保証賃料については免除、これに三井不動産系のららぽーとも追随したが、固定賃料を免除するということは、施設全体の維持に関するコストはすべてオーナー側が負担することを意味している。JRや三井のような大企業であればともかく、多くのオーナーは到底支え切れるものではないだろう。

 こうした惨状は大手ディベロッパーをはじめ不動産業界各社の21年3月期の業績に少なからぬ影響を与えることは確実で、すでにこの分の減益を一定額織り込んだ決算予想値が発表され話題を呼んでいる。

都心に広いオフィスがいらない

 だが、実は不動産業界にとって今回のコロナ禍は表面的な騒ぎになっているホテルや商業施設における売上、利益の減少だけでは済まされない状況になりそうなのだ。それは彼らの基幹ビジネスであるオフィスやマンションが今後大きな影響を受けることが予想されるからだ。

 コロナ禍は図らずも日本全国でテレワークという働き方を一斉にお試しする社会実験をやったようなものだ。そして、その結果としてテレワークは一定の成果を上げているという声が多い。そして非常事態宣言解除後も社員を満員の通勤電車に乗せるリスクを嫌って、テレワークを継続させる会社が増えているという。ある会社では都心部の大規模ビルに8フロアを賃借しているが、社員にテレワークを継続させることによって実は6フロアが不要になることに気づいたという。

 また、テレワークを行う社員を3チーム程度に分けて、週1、2日程度だけ都心に通勤させ、あとはシフトを組んで通勤させる形態にした会社は、やはり借りているオフィスの半分程度は返室することに決めたという。

 社員だけではない。コロナ禍はいったん収まったものの今後も同様の感染症リスクを考慮して会社の役員を同じ首都圏内でも分散させる会社も出てきた。同じビルの同じフロアに全役員が集結していることはリスクが高いという判断だ。こうした動きはこれまで都心に広いオフィスを構え、大勢の社員を集結させることで業務の効率化と会社としてのステイタスを追求してきたこれまでの概念を根底から覆すものとなりそうだ。

 ディベロッパー決算においても三菱地所は自社の空室率を微調整して業績に一部織り込んでいるが、三井不動産や住友不動産は業績への影響は軽微としているが、さてどうなるであろうか。

「会社ファースト」から「生活ファースト」に

 オフィスにおける常識が覆されると、この影響は実はマンションに及んでくる。2000年代以降、マンション選びは「会社ファースト」だった。夫婦共働きとなり、都心にあるオフィスにアクセスが良いことが必須条件になったからだ。大手町まで40分などといった条件が重視され、当然駅まで7分いや5分以内といった指標が形成されていったのだ。

 だが、週に1回、あるいは月に3回程度大手町のオフィスに行けばあとは自宅や自宅近くのコワーキング施設で働けばよい、という時代になれば、世の中から通勤という概念が消えていくはずだ。

 通勤がなくなれば、会社までの通勤時間といった指標はまったく関係のない話となる。家選びの指標が変わるのだ。神奈川県の逗子や横須賀、三浦といったエリアは、以前は住宅地として発展し、ここから毎日片道1時間半以上をかけて通勤するお父さんの姿が見られたが、最近の夫婦共働きになると通勤圏からは除外され、街も急速に廃れていった。だが、通勤がなくなれば、こうした街に住んで街の環境を楽しむ。会社にたまに行く程度であれば1時間半かかってもそれほどの負担ではないと考える人も増えてくるだろう。

 会社ファーストから生活ファーストへの転換だ。テレワークになることで都心に通わず自分の住んでいる街で一日の大半を過ごすようになれば、人々は単なるベッドタウンとして街や家を選ぶのではなく、街中のお店やレストラン、遊び場、憩いの場などさまざまな好みで家を選ぶようになるだろう。郊外であれば住宅価格もお手ごろになる。何も会社に通うためだけの理由で、都心の8000万円もするようなタワーマンションに夫婦で何千万円ものローンを組んで一生かけて返済していくような行動がいかに馬鹿げたものであるかに気づくことになる。

 同時に毎日通勤しない会社に対するロイヤリティーは急速に萎み、街のコミュニティーに参加する人も急速に増えていくことだろう。エリアマネジメントやタウンマネジメントに興味を持ち、自分の時間を費やす人も出てくることだろう。

 実は不動産業界はまだこの方程式の変化に気づいていない。そしてその変化についていく術をまだ身に着けていない。なぜなら多くのディベロッパーは、街を開発して大きな建物を建てることの能力はあっても、街を運営していくソフトウェアを持っているわけではないからだ。おそらくこの分野は使う筋肉が異なる異業種が参入し、新しい魅力ある街を創造していくことになる。コロナ禍は医療や経済を壊しただけではなく、家選びの常識を壊し、新しい街づくりの方向性を我々に指し示しているのである。

(文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)

牧野知弘/オラガ総研代表取締役

牧野知弘/オラガ総研代表取締役

オラガ総研代表取締役。金融・経営コンサルティング、不動産運用から証券化まで、幅広いキャリアを持つ。 また、三井ガーデンホテルにおいてホテルの企画・運営にも関わり、経営改善、リノベーション事業、コスト削減等を実践。ホテル事業を不動産運用の一環と位置付け、「不動産の中で最も運用の難しい事業のひとつ」であるホテル事業を、その根本から見直し、複眼的視点でクライアントの悩みに応える。
オラガ総研株式会社

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