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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

脱炭素・再生可能エネへのシフト、環境問題ではなく国家覇権争い…遅れれば経済が弱体化

文=加谷珪一/経済評論家
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「Getty Images」より

 世界各国で脱炭素シフトの動きが急加速している。日本国内の関心は異様に低いが、脱炭素シフトは次世代の国家覇権をめぐる争いであり、この戦いに負けることは、そのまま日本経済の弱体化につながる。一刻も早く、脱炭素をめぐる経済的な損得について社会的なコンセンサスを得る必要があるだろう。

再生可能エネへのシフトは地球環境問題ではない

 数年前まで脱炭素シフトというのは将来の話であるとのイメージを持つ人が多かったが、再生可能エネルギーに関するイノベーションが一気に進んだことで、それはもはや過去の話となっている。再生可能エネの発電コストはすでに火力を大幅に下回っており、天候不順などを考慮に入れて過剰に発電設備を作ったとしても、圧倒的に安いエネルギー源となりつつある。

 つまり、再生可能エネへのシフトは環境対策としてスタートしたものの、今となっては経済合理性を追求する手段に変貌している。加えて言うと、再生可能エネは事実上、無尽蔵であり、しかも全量を国内で生産できる。工業化以来、エネルギーのほぼすべてを外国に頼ってきた日本からすれば、自国産のエネルギーを拡大できるということは、安全保障上、画期的な出来事といってよい。欧州各国が脱炭素に極めて積極的であることの背景には、当然のことながら、石油を通じた米国の支配から脱却するという政治的な思惑がある。

 脱炭素シフトはこうした力学で進められているものであり、単純に地球環境問題であると見なしてしまうと現実を見誤る。脱炭素に必要となる支出について、単にコストと考えるのか、次世代の国家覇権をかけた投資と考えるのかで、日本経済の今後は大きく変わってくると考えたほうがよい。

 菅政権は、洋上風力発電を脱炭素の切り札として位置付けており、2040年までに4500万キロワット分の発電所を建設する方針を掲げている。これは100万キロワット原発45基分にも相当する莫大な発電量である。なぜ洋上風力なのかというと、これまでの日本における再生可能エネは太陽光発電に偏っており、太陽光だけでは電力需要の変動にうまく対処できないからである。

 再生可能エネルギーは基本的に天候任せなので、最大の問題点が出力変動であることは言うまでもない。太陽光は昼間しか発電できないので、出力変動パターンは基本的に需要変動と一致する(つまり、昼間に増大して夜間に減少する)。一方、風力発電は夜間でも風が吹けば発電するので、需要と供給が一致するとは限らない。各発電施設の出力変動パターンや地域の違いなども考慮に入れた上で、太陽光と風力をバランス良く配置すれば、需要変動と出量変動の違いをうまくポートフォリオとして吸収できるようになる。

限界コストが劇的に低下している

 再生可能エネについては、以前は天候不順時に発電量が足りなくなることが危惧されたが、今となってはその心配はほとんどないというのが専門家の一致した見方である。その理由は、再生可能エネのコストが劇的に下がっており、余剰電力が発生するくらいまで大量に発電所を建設すれば、天候不順時でも需要を満たすことが可能だからである。

 政府は以前、再生可能エネのコストについてかなり高くなるという試算を行っていたが、それも過去の話である。経済産業省と関連団体は「洋上風力産業ビジョン」を策定しており、その中で洋上風力発電のコストを1キロワット時あたり8~9円にするという目標を設定したが、この金額は既存の火力発電(約10円)よりも安い水準である。

 海外ではすでに1キロワット時あたり5円程度の発電コストを実現するプロジェクトも出てきており、今後、さらに価格が下がる可能性もある。

 生産を1単位増やすために必要な追加コストのことを経済学的には限界コストと呼ぶが、市場規模が拡大すると規模のメリットが発揮されるので、限界コストが劇的に下がっていく。天候不順による出力低下が懸念されるのであれば、低コストを生かして大量に発電プラントを作ってしまえばよく、経済的には十分にお釣りが来る。

 しかも発生した余剰電力はムダに捨てられるわけではない。欧州では、風量発電所から生じる大量の余剰電力対策として水素の活用が急浮上している。水素は石油や原子力などに代表される1次エネルギーではなく、あくまで1次エネルギーを使って生み出される2次エネルギーでしかない。つまり水素は単なるエネルギーの輸送手段であって、水素そのものが脱炭素問題を解決するわけではない。火力発電を使って生み出した電力で水素を生産してしまえば、水素の生産過程で大量の二酸化炭素を排出するので脱炭素にはまったく効果を発揮しないことになる。

 だが再生可能エネで作られた電力で水素を生産すれば話は変わってくる。

 脱炭素に積極的な国では、水素の活用は完全に再生可能エネの余剰電力対策として位置付けられており、過剰になった再生可能エネの電力で水素を生産し、万が一、エネルギーが不足した時に備え、生産した水素を火力発電に回せるようインフラの整備を進めている。

 残念ながら日本ではこうした再生可能エネに関するグランドデザインが出来ていない。とりあえず風力発電を大量建設するという段階であり、水素に至ってはどこからいくらで調達をするのかを十分に検討せずに、単純にインフラ建設の話ばかりしている状況だ。できるだけ早く全体の整合性がとれる形で基本戦略を固める必要があるだろう。

早く決断しないと確実に乗り遅れる

 各企業における個別対応についても同様である。日本は製造業(工場等)の分野において年間約2億9000万トンの二酸化炭素を排出しているが、仮にこの排出量をすべてコストと位置付け、排出権を購入することで金銭的に解決した場合、必要となる支出は、現在の排出権取引価格(1トンあたり約4800円)を適用すると年間1.4兆円にも達する。

 この支出について単なるコストと考えると、日本経済には甚大な影響が及ぶ。2020年3月期における日本の製造業全体の営業利益はわずか14兆円であり、1.4兆円がコストとして消える場合には、営業利益の1割が吹き飛んでしまう。これは製造業のみに焦点を当てた数字だが、日本全体では約6兆円のコストが発生する計算である。

 この巨額コストはコストとして扱わず、すべてを脱炭素を実現するための投資に切り換えれば、これは設備投資という扱いになり、今後の成長を担保する支出となる。どう考えても、脱炭素をコストとして処理せず、戦略的な投資として位置付けたほうが、日本経済全体にとって圧倒的にメリットが大きいはずだ。

 ちなみに欧州や米国、中国は脱炭素関連の支出を戦略投資として位置付け、関連技術への投資に邁進している。欧州連合(EU)は10年間で1兆ユーロ(約126兆円)、米バイデン政権に至っては4年間で2兆ドル(約200兆円)という巨額資金である。中国も脱炭素を含む次世代インフラに170兆円を投じる計画を明らかにした。

 国際エネルギー機関の報告書を元に筆者が試算したところによると、全世界の脱炭素投資(再生可能エネへの投資と省エネ関連技術への投資)の総額は約6600億ドルとなっているが、もしEUや米国、中国の関連投資が追加で実施された場合には、この水準をはるかに上回り、脱炭素への投資額はほぼ倍増となる。

 当然のことながら、これは巨額の景気対策でもあり、あらゆる業界にとって巨額マネーの争奪戦となっている。日本は脱炭素について外圧と考えるのではなく、失われた30年を取り戻す最後のチャンスと捉えるべきであり、思い切った先行投資が必要である。

(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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