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藤和彦「日本と世界の先を読む」

「今、東京五輪を開催する意義は極めて大きい」「分断を抑制する五輪の機能」藤和彦氏の提言

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
「今、東京五輪を開催する意義は極めて大きい」「分断を抑制する五輪の機能」藤和彦氏の提言の画像1
丸川オリンピック・パラリンピック担当大臣のツイッターより

 マスターズ・トーナメントで日本男子初のメジャー制覇を果たした松山英樹は5月18日、メジャー第2戦の全米プロに向けた会見で「今の日本の状況はニュースで見る限り良くない。医療関係の人のことを考えると(オリンピックを)やるべきではないのかなという感じがする」と苦しい胸の内を吐露した。

 4月30日に東京都立川市にある病院が窓に「医療は限界、五輪やめて」 とのメッセージを貼り出すとネット上で多くの賛同の声が集まったように、東京五輪開催まで100日を切ったが、日本では「過半数の国民が『五輪に反対』」とする世論調査が相次いでいる。その背景には政府のコロナ対策、特にワクチン接種の遅れなどへの苛立ちが募っているのだろう。「コロナ対策に失敗している政府が強硬にやりたがっている東京五輪なんかに賛成してたまるか」との憤りが根底にあるように思えてならない。

 新型コロナウイルスのパンデミックで「医療崩壊」を恐れる人々は「オリンピックだなんて、何を考えているんだ。命のほうが大事だろう」との思いだろうが、日本の医療関係者全員がコロナの医療にかかわっているわけではない。現場からは「東京五輪が必要とする医療チームに協力できる医師や看護師は確保できる」との声が聞かれる(5月14日付ダイヤモンドオンライン)。

 まるで東京五輪が今後感染を広げる元凶であるかのような反対ムードが広がっているが、決定的に欠けているのはスポーツの意義についての議論である。海外の研究によれば、重度の肥満は重症化リスクの決定的要因であり、「1週当たり2時間半以上の軽めの運動を行えば重症化リスクが劇的で低減できる」ことがわかっている。スポーツはコロナ禍で果たせる役割があるのだが、その効用はこれにとどまらない。

 英語のスポーツという単語はもともと「気晴らし」や「楽しみ」を意味する言葉である。世界では1970年代以降、「心身の健康に大きく貢献する可能性を秘めている」としてその意義が飛躍的に高まったが、明治以降スポーツを導入した日本での認識は相変わらず「心身を鍛えるための教育手段の一つ」にすぎない。

「スポーツは、かつての宗教の代役を務めている」

 5月14日の記者会見でオリンピック開催の意義を問われた丸川オリンピック・パラリンピック担当大臣は「特別な努力をした人たちの輝きが私たちに勇気を与えてくれると同時に、私たちが勇気を持って一歩を進み、また社会の活動を進めていく具体的な後押しになる」と述べたが、どういう意味だろうか。

「今ではスポーツは、かつての宗教の代役を務めていると言っても過言ではない」

 このように主張するのは、『宗教社会学 神、それは社会である』の著者、奥井智之・亜細亜大学経済学部教授である。「宗教生活の基本形態」の著者である宗教社会学者のデユルケムは「宗教は集団を統合する機能を持つ」ことを強調したが、「神なき時代」となった現在、奥井氏はその機能をスポーツの中に見いだしている。

「人付き合いが少ない外国人にとって特に、スポーツジムは重要なコミュ二テイー形成の場となっている」(5月19日付ニューズウィーク)との声が示すとおり、各地のスポーツクラブは疑似共同体としての役割を果たしている。

 スポーツ観戦は通常、互いによく知らない多くの人々と一緒に行われるが、試合展開に一喜一憂する中で、人々の間に一時的ではあるがコミュニティー的な統合が生まれることがしばしばある。全国に生中継される正月の箱根駅伝が国民的な儀礼の一つになっているように、スポーツはかつての宗教のように、不確実性に満ちた世界の中で人々を社会的に統合する機能を有しているのである。

 奥井氏はさらに「オリンピックは4年に1回「国民(あるいは『世界』)を一つに結びつける宗教的な儀礼となっている」と主張する。現在のオリンピックが、古代ギリシャで行われていたオリンピックに起源を持つことは周知の事実である。ポリス(都市)間の戦争が絶えなかった古代ギリシャでは、オリンピックの開催中は全土で休戦協定が結ばれていた。オリンピックは宗教的な祭儀として位置づけられ、大会期間中は神殿に「聖火」が灯されていた。

 スポーツが成立するには、競技者の間で一定のルールが共有されていなければならない。一定の信頼関係の下で競技を行うことは、政治的には敵対する国々を一つに結びつける潜在力を持っていることから、オリンピックは戦争を回避する性格を有している。「平和の祭典」と呼ばれるゆえんである。

 夏季オリンピックは1896年にギリシャのアテネを皮切りに2016年のブラジルのリオデジャネイロ大会まで100年以上の歴史を持つが、その間に中止を余儀なくされた大会は3つである。第一次世界大戦中の1916年のベルリン大会、第二次世界大戦中の1940年の東京大会と1944年のロンドン大会である。「スペイン風邪」がいまだ猛威を奮っていた1920年のベルギーのアントワープ大会は無事開催されている。

「オリンピックはIOCや一部の政治家、スポンサー企業などの金儲けの手段だ」との批判が根強いが、新型コロナウイルスのパンデミックのせいで世界各地で国内外の分断が進んでいる今こそ、人々に興奮と感動を与え、怒りと暴力を抑制することができる世界的な総合スポーツ大会が不可欠なのではないだろうか。

 1964年の東京大会は、敗戦から復活した日本の姿を世界にアピールし、日本人の国民的統合に一役買ったが、戦後一貫して平和憲法を守ってきた日本が、今年の東京大会を平和裡に開催することの意義はかつてに比べてはるかに大きいと筆者は考えている。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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