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因縁の対決…藤井聡太、渡辺明に完勝した“妙手”を解説…史上最年少の九段昇段なるか

写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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藤井聡太二冠

 18歳の藤井聡太二冠=棋聖、王位=のタイトル初防衛はなるのか、注目の決戦。いや、対する渡辺明三冠(37)=名人 棋王、王将=にとってはそれ以上に「因縁の」といってよい、棋聖戦5番勝負の第1局が6月6日、千葉県木更津市でスタートした。早い展開の将棋となったが、完勝で先勝したのは藤井だった。

 現在「最強」といわれる渡辺だが、この棋聖を含めた三冠だった昨年7月、藤井に1勝3敗で棋聖位を奪われ、若きタイトルホルダー誕生の「引き立て役」になってしまった。その後、豊島将之二冠(31)に挑戦して初めて名人位を獲得しすぐに三冠には戻したが、苦労して挑戦権を得た棋聖戦で藤井に負けるわけにはいかない。渡辺は棋聖を奪還して三冠を守ればその時点で自身初めての四冠になるが、四冠なら羽生善治九段(50)=永世七冠資格以来である。

 渡辺はこれより少し前、名人戦で若手の斎藤慎太郎八段(28)の挑戦を受け、第1局こそ大逆転されたが、あとはしっかりと盛り返して4勝1敗で名人位を初防衛していた。藤井と渡辺の対局前の公式戦対戦成績は藤井の5勝1敗だった。昨年の棋聖戦の3勝1敗、さらに朝日杯将棋オープンで藤井が2勝している。渡辺には分が悪い相手だ。

怒涛の「桂馬3連打」、随所に好手

 先手番は渡辺。互いに居飛車で進める「相掛か」という戦型。2月の朝日杯と似た形になった。一般に藤井は桂馬が好きなのか、使い方が非常にうまいが、この対局では最後はなんと桂馬を4枚とも手にし、渡辺の玉の上方に3枚の桂馬がのしかかって仕留めに来た。渡辺玉はついに逃げることができなかった。

 ABEMAで解説していた広瀬章人八段(34)=元竜王=は、渡辺が4五桂と桂馬を繰り出したのに対して藤井が応じた「3三桂馬」について「なかなか指すことができない素晴らしい手」と舌を巻いていた。普通は3三に成り込もうとする敵駒は定位置の桂馬で処理する。自陣の桂馬を3三に上げて渡辺の桂馬にぶつけて受ければ、自玉の逃げ道も攻撃の角筋も塞いでしまう。しかし、繰り出した桂馬が逆に3三の桂馬で取られれば、渡辺の玉はより危なくなる。渡辺は仕方なく5三に桂馬を成り込ませた。その他、香車で相手の角を取れる場面で、あえて香車の前方に歩を打って重層的な攻めにしたり、あえて香車を成香(敵陣に入って金になる)にしないなど、随所に「好手」が見られた。

 全体的には、藤井の玉が脅かされることは一度もなく、午後6時半、90手目の藤井の6四桂で、少し時間を残した渡辺が、頭を下げて投了した。「秒読み将棋」になることもなかった。終了後の感想戦は50分くらいと、かなり長くやっていたが、「飛車を渡すわけにはいかなかったし」などと、振り返って朗々と話しているのはほとんど渡辺。藤井はたまに「あっ、8三銀ですか」などと小声を出すだけだった。渡辺は藤井と話しているというより、立会人の棋士と話している感じだった。

 渡辺が大きなポカをしたわけではない。速いテンポで指しあっていた中盤、藤井が放った「予想外の」(渡辺)手8八歩で渡辺の手がぱたりと止まった。この日、持ち時間4時間のうち1時間23分と、最も長考して8一香成と香車で飛車を取った。しかし渡辺は局後、この手が悪かったと自己分析し、「長考したところでまずい変化になって、一気に駄目になって残念。もうちょっといい内容の将棋を指さなければ」と、かなりショックだったようだ。敗れてもいつも、しっかりと報道対応してくれる渡辺だが、コロナ対策で主催者の産経新聞社とABEMAしかインタビューできないのは残念。筆者もABEMAの観戦だった。

藤井の「図太さ」

 藤井二冠は「今日は自然な気持ちで指すことができた。次もいい将棋になるように準備していきたい」と話した。防衛すれば、タイトル通算3期の規定を満たし、史上最年少で九段に昇段し、渡辺の21歳7カ月の記録を大幅に更新する。

 将棋の世界では初タイトルを防衛するのは難しく、過去の名棋士たちでも成功したのは3人に1人くらいである。あの羽生善治ですら、初タイトル(竜王戦)の防衛戦には失敗している。その時代の覇者たちは、急速に台頭してきた若手の勢いに一度は苦杯を喫しても、その若手を徹底研究して再度立ち向かってくる。若手にとって初防衛は、この重圧を跳ね返さなくてはならないのだ。しかし、ポーカーフェイスの藤井はそんな重圧を感じているようにも見えない。終局後「あまり防衛戦とか意識せず、昨年と同じように臨みたいと思っていた。自然体で指すことができたのかなと思う」と淡々と勝ちを振り返った。  

 対局前日、テレビのインタビューで藤井は「戦略という面では渡辺名人のほうに一日の長があると思います」と答えていた。当代随一の棋士を自分と比較して、実に客観的に「一日の長」とさらりと言ってしまえる藤井。「一日の長」の語意をどのように解釈していたかは不明だが、正しく解釈していたとすれば、これが藤井の精神的な強さ、悪く言えば「図太さ」でもあるのだろう。ちなみに「一日(いちじつ)の長」とは、「他の人より経験を積んだことで、技能などがわずかに優れていること」(「福武国語辞典」より)である。

 高校を中退し、棋士活動に専念し出した藤井。研鑽はますます深まっているはずだ。第2局以降は、勝負はもちろんのこと、寡黙なプリンスの吐く少ない言葉にも注目したい。第2局は6月18日に淡路島の洲本市で行われる。

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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