ビジネスジャーナル > ITニュース > 過渡期のAI導入がDXを遅らせる!
NEW
野村直之「AIなんか怖くない!」

5万円でできるのに1千万円も費用投下?“過渡期のAI”導入がDXを遅らせる!

文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員
【この記事のキーワード】, , ,
5万円でできるのに1千万円も費用投下?“過渡期のAI”導入がDXを遅らせる!の画像1
「Getty Images」より

 このタイトルを見て、「え? AIDXの邪魔をするって?」とびっくりされたかもしれません。ここで、本連載バックナンバーの『文書の承認フロー改良、悲喜こもごも』の節で(唖然と)眺めた、ハンコ押しロボットを思い出してみください。DX(デジタルトランスフォーメーション)の起爆剤となったCovid-19の第一波直前の発表でした。ITmedia NEWSの元記事のタイトルに「なぜ開発?」、末尾には、「“中継ぎ”としての利用が最適?」とあります。「なぜ開発?」は明らかに反語の勢い、つまり、(本来のペーパーレス化によるDXをやらずに)「なんでこんな時代遅れな発想に無駄に開発コスト、導入コストをかけるのだ?」と問うています。遠慮がちながら、その証左が以下の結語にあります。

「ハンコ文化から抜け出せない企業は、長期的にはペーパーレス化を視野に入れつつ、実現までの“中継ぎ”としてこのサービスを利用するのがよさそうだ。」

ハンコ押しロボットは葬り去られても……

 コロナ禍による強制テレワークで、社内でも企業間取引でも、承認・契約のプロセスや証拠文書づくりを簡略化した現場が多いことでしょう。「紙 × ハンコ・署名」の良いところは、複製を非常に困難にし、唯一性を保証できること。2者間契約なら原本を2部作成して双方で保管することで、さまざまなトラブルを未然に防げていたといえるでしょう。

 しかし、物理的に保管している場所に行かねばアクセスできません。また、承認作業に時間がかかります。社外取締役が多いと、その人数分、取締役会の議事録の承認に、人数分の回数+1回郵送し、紛失リスクを恐れつつ、数週間、押印完了を待って、やきもきします。これを、印章の朱色の画像をPDFに貼り付けることで代替するという最小限の電子化を行っただけでも、劇的に承認系統を回るスピードは上がります。しかし、当然ながら、その程度の電子文書の証拠能力は低く、改ざん(tampering)などの不正の起こる確率は激増します。

 そのため、拙稿では「本来、業務フローを機械前提に1から見直し、ゼロから再設計すべきです。この例でいえば、真っ先に、改ざん不能な帳票を安全にやりとりできるブロックチェーンで、100%デジタルデータによる高速、無形の承認フローを構築しようと考えるのが本来のDXでしょう」と書きました。ブロックチェーンは、仮想通貨よりも、このような用途のほうが劇的に経済社会を変貌させるポテンシャルをもっているのです。

深層学習の画期性がDXの過渡期を支えたが……

 セキュリティに不可欠となってきたAI(人工知能)を取り上げた前回は、日本のインターネットの父、村井純さんによるDXへの大いなる期待を紹介しました。そこでは、ただデジタル機器を導入するのではなく、データや判断、意思決定の流れそのものをデジタル上で完結させ、高速化することが熱く語られています。このようなDXで前面に打ち出す目標は、「業務改善」。それも、若干の効率化ではなく、10倍、100倍のスピードアップや、AI活用による均質さ(むらのなさ)、人には辛い業務の高精度化、省力化が目標となります。

 イメージネット(ImageNet)を活用して認識精度のブレークスルーを起こした画像認識AIは、「人間の目の役割」を果たせる画期的なものでした。入力(画像)と出力(写ってるものの名前)のペアを大量につくって正解データとして与えれば、プログラミングなしで写真に何が写っているかを90数%の高精度で正解できるようになったのです。

 プログラミングレスということ以上にビジネス上大事なのが、これは「暗黙知をキャプチャー」する、人類史上最初の道具だという点です。暗黙知とは、例えばミカンやカキの写真を見て、その写真がどちらであるかを言い当てられる能力です。「いや、私は数式と論理的思考を積み重ねてミカンかカキかを見分けてる!」ですって? では、さまざまな形、色(橙色~緑色~黄色)、形状、肌合いのミカンとカキの違いを100%完全に識別できるように言葉(日本語)や数式で説明してください。それに10万ページ使っても結構です。え? 「やっぱりできない」。そうですよね。形式知化が不可能な、根っからの暗黙知ですから。

 深層学習の登場は、上記の意味で、本当に画期的でした。人類史上初めて、暗黙知をそのままキャプチャーする道具が現れたのは本当に凄いことです。でも、だからといって、それをそのまま「社会実装すれば必ず役立つはず」なんて言うのはナンセンス。上から目線の言語道断なセリフとして、産業界のミカタとしては拒否すべし! と唱え続けてきました。大工道具、台所用品と同じく、適材適所でさまざまな道具を使い分けて業務改善できてナンボなのが産業界、経済界ですから。

ある建設関係会社さんからの画像認識AI開発依頼

 AIブームの最初の5年間(2017年末頃まで)は、(将来の)AI万能論者からも、AI脅威論・大失業論者からも、AIが今の業務を9割代替するとの主張が猛威を振るってしまいました。筆者は7~8年前から現行業務の3~30%の代替率と主張。これではAIをめいっぱい導入しても人手不足になるので10倍の効率化、利便性・快適性向上を達成する根本的DXが必要と一貫して主張してきています。

 そんな私に対して、「基本データを取り、600枚のグラフを描いたら疲れちゃった。その意味を考えて論文を書いてくれるAIを100万円くらいで作ってくれないか?」と言ってきた研究者もいれば、「団塊の世代が前倒しで5人退職することになり真っ青。彼らのアパレルデザイン、布の無駄のない型紙作りから数百種類の雑用をやってくれるAIを5体よこしてほしい。AIは安くなんでもできると経済の先生とかも言っているので、1体150万円くらいの買い取りでいいか?」と本気で言ってきた中小企業経営者もいます。

 前者に対しては、「現在の技術では不可能です」と答え、後者に対しては「10兆円出しても彼らが1日に職場でこなすすべての仕事をこなすAIは作れません。とくに雑用は不可能です」と答えたところ、「何で囲碁のチャンピオンを破れるほど優秀なのに、雑用みたいに簡単な仕事ができないのだ?」と聞かれます。毎回丁寧に回答していたら、いくら時間があっても寝る暇がなくなるので、『人工知能が変える仕事の未来』や『最強のAI活用術』や『AIに勝つ!』を書いた次第です。

 一昨年のことですが、ある建設関係会社の現場責任者さんから、切迫した様子で電話がかかってきました。建設作業員が7つ道具(20くらいあるようですが)の持ち出し漏れがないように、

 黒板だかホワイトボードにチェックマークをいろんなペンで書いてもらってるが、皆さん面倒なので書きなぐっていて、かすれたり大きくずれたりして人には判読困難。そこで、人間より賢いAIに、人間以上の精度で読み取ってほしい、というのです。

 内心、「うーん、余計な線や画像で読み取りにくくした文字列(captcha)を入力させてロボットがログインしようとしているのではないと判定できているのは何故か? と考えたことないのだろうか」などと思いつつ、30分ほどかけて、拙著のポイントを丁寧に解説しました。常識、バランス感覚のなさを指摘すると過半数の人が昂然とキレかけたりするので用心した次第です。

長電話で潜在顧客を諭したこと

 さて、お客様相手にもつい正論を喋ってしまう私は、どう続けたでしょうか? 電話を受けたのが、ディープラーニング専業さんや、画像認識の受託開発の企業であれば、「夢が現実となったみたいな素晴らしいAIが見事に解決します!(ただし精度の話はあとで……)」とばかり、正解データ作りの概要を教え、1000万円~の見積もりを絶妙のタイミングをはかって提示し、さらに正解データをお客さんに作ってもらう交渉をうまく進めていたことでしょう。

 ここで「過渡期」の話を思い出してみてください。アナログな紙やパネルに書かれた文字を読み取ったり、音声を聴き取って文字列に起こしたりするAIは、なぜ必要なのでしょうか? それは、業務連絡を手書き文字で運用していたり、紙に印刷したり、電話でしゃべって情報をやりとりするという、旧態依然の非効率な業務フローがあってこそ存在できるAIだったのです! 目で見て、耳で聞いて「認識」する作業。ベーシックな(単価の安い)人間チームの非効率な仕事、業務連携を前提としてしまっている。つまり、文字認識や音声認識のAIを組み込むこと自体が、非効率な業務フローの温存につながってしまうのです。

 こんな過渡期のAIは、出来れば使わないほうがいい。先述のブロックチェーン活用による企業間承認フローのDXなどで、ビジネスが桁違いにスピードアップ、爆速になると期待されます。似たようなエピソードは、

・10万円給付金の手続き10倍効率化

・ドイツのように前年の確定申告額に原則比例するロックダウン保証金を出すワークフローを迅速に確立

・マイナカードに代わる安全なスマホアプリをオンラインで365日24時間取得・設定

といったことの実現への期待となっています。待ったなしの課題として、多くの国民が認識したのは素晴らしいことです。ワクチン接種についても冗長過ぎる事前チェックを廃し、電話やウェブで数百回リトライするなどの無駄を排し、オンライン問診を含めて最高の効率と品質を達成する理想のワークフローを作る必要性を、国民の大多数が痛感していることでしょう。命に係わることですから!

 さて、先ほどの長電話の続きです。

私:「お客さん、AI開発はやめましょう!」

お客様:「え―っ?」

私:「65インチから43インチくらいの安い大型モニタと、軍手してても楽にポインティング操作できる大玉トラックボール、そして、巨大なエンター・キー (笑)を買ってください。既存のPCを流用すれば、予備部品含めて、システム全体で5万円でお釣りがきます」

5万円でできるのに1千万円も費用投下?“過渡期のAI”導入がDXを遅らせる!の画像2

「そして、Excelに簡単なマクロを組んで、自分のIDカード(QRコード)をかざしたら自分用のチェック表が巨大画面に表示されます。「携行品持ったか?」の各欄には、その携行品の画像とともに「No(無)」と表示されてるので、その種類の数だけ、ビックエンターキーをぶん殴れば確実にチェック完了です。画像のおかげもあって、持ち出してなければ叩けないので、取りに帰って再チャレンジ。途中までのチェック結果は自動保存されており、他の人が別IDで割り込んでも、再びQRをかざせばチェックを再開できます。1秒に5回は叩けるので携行品が20種類あっても、4秒で完全なチェックが完了。いかがでしょうか?」

お客様:「す、凄い。凄すぎる。今まで、癖字やカスレ文字を読み取るのに肩凝らせて大変な苦労をし、それをExcelに一生懸命入力していました。その苦労を人間より高精度なAI(私:「このノイジーなデータは無理ですよ~」)に肩代わりさせようとしていたのですが、そんな必要ないのですね? Excelマクロですが1000万円以下で組めますか?」

私:「原価1万円。儲けを入れてもせいぜい3万円か5万円でしょう。IDカードの認証の部分は出来合いのものをもってきて、APIでエクセルから呼ぶようにすれば新しく作る必要ありません」

お客様:「どうも、どうも、本当にありがとうございました。目から鱗でした」

私:「いえいえ、どういたしまして」

結局どう気をつけたらよい?

 結局、「AI使うなんて愚の骨頂ですよ!」と強烈にアドバイスして、2時間の通話を切りました。売り上げゼロで、代表取締役の貴重な時間を費やし、機会コストのリスクを冒(おか)しました。もう2年も経ったので時効ということでごめんなさい!>メタデータ社の株主の皆様。

 いやー、こうやって正直にお話をして、ご発注を断っていると、他社では不可能と言われた、あるいは実際に失敗した難しいAIの開発を、少ない残りご予算で遂行という辛い道を歩むことになっちゃいます。後進のベンチャー企業さんには、決してお薦めはしませんが、まぁ、うちは本業はAIによるテキスト分析アプリというパッケージの開発ですので、その余力でできる範囲で上記のような社会貢献を果たそうとする次第です。

 まとめますと、まずアナログ情報を認識する系のAIは、旧来の非効率な業務フローを前提としているので、多くは過渡期のAIであること。そして、そこを一足飛びに超えて(leapfrog!)、次世代のDXに容易に移行できそうなら、過渡期のAIなどつくってはいけない!「社会実装」などと上から目線なことを言ってAIをありがたがらせ、本格的なDXを遠ざけるような罪作りは厳に戒められねばならなかったということであります。

 そんな失敗をしないためには、ひとつには、もみ手で「なんでもできます、やります。AIは夢のように素晴らしい」とか胡散臭いことをセミナーで講演するような会社には眉唾で接すること。そして、斬新な業務フロー刷新を伴わない、過去の陳腐な事例を並べてくる業者には発注しないもひとつのコツでしょう。 くれぐれもお気をつけください!

野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員。


1962年生まれ。1984年、東京大学工学部卒業、2002年、理学博士号取得(九州大学)。NECC&C研究所、ジャストシステム、法政大学、リコー勤務をへて、法政大学大学院客員教授。2005年、メタデータ(株)を創業。ビッグデータ分析、ソーシャル活用、各種人工知能応用ソリューションを提供。この間、米マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所客員研究員。MITでは、「人工知能の父」マービン・ミンスキーと一時期同室。同じくMITの言語学者、ノーム・チョムスキーとも議論。ディープラーニングを支えるイメージネット(ImageNet)の基礎となったワードネット(WordNet)の活用研究に携わり、日本の第5世代コンピュータ開発機構ICOTからスピン・オフした知識ベース開発にも参加。日々、様々なソフトウェア開発に従事するとともに、産業、生活、行政、教育など、幅広く社会にAIを活用する問題に深い関心を持つ。 著作など:WordNet: An Electronic Lexical Database,edited by Christiane D. Fellbaum, MIT Press, 1998.(共著)他


facebook
https://www.facebook.com/profile.php?id=100063550391719

5万円でできるのに1千万円も費用投下?“過渡期のAI”導入がDXを遅らせる!のページです。ビジネスジャーナルは、IT、, , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!