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木村誠「20年代、大学新時代」

『ドラゴン桜』に見る“東大病”の問題点&納得の受験テクニックの数々…文転指導に疑問も

文=木村誠/教育ジャーナリスト
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東京大学の安田講堂(「Wikipedia」より)

 とうとう東京オリンピックが始まった。今大会の日本選手団は583名である。朝日新聞の世論調査では、開催に反対55%、賛成33%で、この大会が安全・安心の大会にできるか、という問いには、できる21%、できない68%という非歓迎ムードが漂うなかで、日本代表のアスリートたちも複雑な想いであろう。

 私は、50年前の1969年の東京大学入試中止事件を思い出した。当時、東大を目指していた現役受験生の多くは1浪を選んだ。1浪は人並みと言われた時代だったので、自然な成り行きであったろう。1浪や2浪の受験生は、他の大学に入学したケースが多かったようだ。早稲田大学に入学して、在学中に東大再受験を狙う隠れ浪人もいた。早稲田を卒業後に東大教授になった姜尚中さんも、入試では東大以外の選択を余儀なくされたという。

 入試中止に追い込んだ東大全共闘の自己否定という主張に、日大全共闘の学内民主化ほどには共感を覚えなかったが、当時の東大全共闘・山本義隆議長の文章に真摯な姿勢を感じたことは間違いない。ただ、当時の受験生と今回のオリンピック選手の心情が、どうしてもオーバーラップしてしまうのだ。それは、今までの懸命な努力は何だったのかという思いである。

『ドラゴン桜』に見る“東大病”とは

 東大卒の大臣や高級官僚のぶざまな有様を見て、東大神話は崩れつつある、と思っていた。ところが、テレビドラマ『ドラゴン桜』(TBS系)第2弾は、東大一直線を売りにして、けっこう人気を呼んだ。海のそばの私立高校に東大専科をつくり、平均以下の成績の生徒や発達障害の診断を受けた生徒を含めて、東大合格に導くストーリーだ。

 ただ、東大で何を学びたいかの明確なイメージを持っているのは、専科正規生7人のうち、発達障害の診断をうけた生徒と、バドミントンでオリンピックを目指していたがケガで断念した女子生徒の2人だけである。前者は「虫と人間の共存」、後者は「スポーツ医学」を学びたいという意思があった。

 ただ、私が進学指導の高校教師なら、いろいろ考える。集中力抜群の発達障害の生徒は、東大よりも動物研究で実績があり、ユニークな研究者が多い京都大学の方が向いていそうだ。一方、東大にはバリアフリー支援室があり、自身も視覚障害のあるバリアフリー研究者・福島智教授の存在も大きい。

 発達障害があろうがなかろうが、生徒一人ひとりが、他の誰とも比べることが許されない固有の人格を有していることを忘れてはならない。本来はその生徒の能力特性を最大限に活かして、本人が自らの意志で希望する進路へ向けた指導を行わないといけないはずだ。

 また、スポーツ医学を志望する女子生徒の場合は、実際なら医師国家試験に合格して整形外科医になるのが王道。東大なら理3(※算用数字は正しくはローマ字、以下同)だが、ドラマでは天才しか受験できない無理筋となっている。他でも順天堂大学医学部なら実践的なスポーツ医学を学べそうだし、国公立なら千葉大学や横浜市立大学などの医学部も候補になりそうだ。いろいろな視点から、大学選びをすべきであろう。

 ところが、このドラマでは何が何でも東大なのだ。オリンピックの多様性とジェンダーレスという理念とは遠い。東大専科の9人(練習生2名を含む)のうち女性は3名、東大合格者5名のうち女性は2名で、現実の東大生女性比率20%をやや上回るが、ジェンダーレスとはいいがたい。

 しかし、『ドラゴン桜』は人気が高い。現実に“東大病”とでもいうべき崇拝者が少なからずおり、その点でリアリティがあるのだろう。ある首都圏の私立進学校では、生徒を東大に合格させてくれる教師のファンクラブができているという。もちろん、会員の多くは東大病の受験ママたちである。息子(娘は少ないと聞く)を東大生にすることが、母親の勲章になるわけだ。

 ただ、これを一概に否定はできない。国の教育政策の貧困さを、受験ママたちが自力で補っている面もあるからだ。

納得の受験テクニックの数々

 東大病の処方箋が、さまざまな受験テクニックである。これが、このドラマの最大の売りになっている。

 たとえば過去問研究は今や当然だが、東大の入試でも、社会的常識を少し活用すれば解ける問題も少なくないことを実例で証明するシーンがある。そういえば、東大対策として、まずは多数の東大合格者を出している私立の中学・高校の入試問題を解くのが手っ取り早いという話を聞いたことがある。それらの超進学校では、東大受験向きの生徒かどうかを判別するため、東大の問題をやさしくアレンジして出題することが少なくないという。

 また、同じ学力レベルの同級生同士で模試の自己採点をさせることも、自分の弱点をつかむことにつながる。これは個人情報の関係か、実践するのは難しい面もあるかもしれないが……。

 また、読解力が国語や英語だけでなく、他教科でも学力のベースになることは知られているが、まず文章を多く読ませるというスパルタ式が、まだまだ多い。そこで、各教科に合わせた読解のポイントをまとめるテクニックもおもしろい。

 共通テストで出題される英語のリスニングで、本番中にしきりにメモをする受験生が少なくないが、これはマイナスだという。メモに気を取られて、リスニング全体の流れや理解が中断されてしまうからだ。これは、私も納得がいく。

『ドラゴン桜』の原作漫画には東大生のアドバイスもあるので、なるべく短い時間でより効率的な勉強がしたいという、コスパ重視の受験生向きの実践的アイデアが多いと言えるであろう。

 ところが、具体的な進学選択については疑問が多い。

「文転」は進路変更による受験作戦ではない

 東大の入試では文1から理3まで6つの科類で募集が行われ、入学後は前期課程を経て、3年から進学選択するユニークなシステムを取っている。

 大学当局が公表した進学選択(進振)データでは、実際には文1はほとんどが法学部、文2は経済学部、理3は医学部となっている。進学先の学部が最も多様なのは理2で、農、工、理、薬の順で各学部に分かれる。文3は文学部が過半だが、教養学部、教育学部が続く。理1は工学部が過半だが、理学部が続き、教養、農、経済、薬の各学部となっている。

 理1~理2で入学しながら文系学部に進学する、いわゆる「文転」の存在が指摘されるが、逆に文1~3に入学しながら農学部や工学部に進学する「理転」組もいる。ただし、「理転」の場合は必要科目の履修が条件となる学科が多い。理1や理2は数学関連が多い。

 その点、「文転」にはそのような条件がほとんどない。本来の「文転」とは、東大入学後に自分の適性や進路希望から、進学選択時に理系から文系に変更することをいう。現に、地方の公立高校から理1に入り、大学に入ってから、自分の希望する学部を選べるという東大独自の制度である進振りで「文転」したケースを数名確認している。

 ドラマでは、文1・2・3、理1・2・3の合格最低点や競争率で受験先を理系から文系に変更させる、教師の「文転」指導が描かれているが、これでは本人の将来的な希望などが軽視されている。発達障害の診断を受けた生徒の理2受験は、「虫との共生」というテーマから理学部か農学部なので動きようがないが、その他の生徒の将来の夢は、はっきり出ていない。

 ただ、東大には教養学部というありがたい学部がある。学際的・統合的な研究と教育の発展を前提としており、教養学科、学際科学科、統合自然科学科の3学科がある。文理を超えた学際志向となっているからだ。どうしても迷ったら教養学部という手もある。

 東大病でやる気を奮い立たせ、テクニックを磨くのもよいが、何よりも将来の進路→進学先の研究は基本であろう。その点で、『ドラゴン桜』は東大合格者数ばかりを重視する進学校の進学指導の問題点を浮かび上がらせている。たとえば、生徒の志望が東京工業大学なのに先生が東大に変更するよう迫った、という話はよく聞くからである。

(文=木村誠/教育ジャーナリスト)

木村誠/大学教育ジャーナリスト

木村誠/大学教育ジャーナリスト

早稲田大学政経学部新聞学科卒業、学研勤務を経てフリー。近著に『ワンランク上の大学攻略法 新課程入試の先取り最新情報』(朝日新書)。他に『「地方国立大学」の時代–2020年に何が起こるのか』(中公ラクレ)、『大学大崩壊』『大学大倒産時代』(ともに朝日新書)など。

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