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藤和彦「日本と世界の先を読む」

ロシアをデフォルト危機に追い込んだ「外貨準備凍結」でニクソン・ショック再来の懸念

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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米国のバイデン大統領(米ホワイトハウスのHPより)

 ロシア財務省は3月17日、前日に期限を迎えたドル建て国債の利払い(1億1700万ドル)を実施したと発表した。当日に利払いがなく30日間の猶予期間を経ても支払いがなければ、債務不履行(デフォルト)になるとの懸念が高まっていた。ロシアはルーブルでの支払いを検討しており、その場合もデフォルトと評価されると懸念されていたが、契約どおり外貨で行われた。

 だが、これで安心はできない。3月31日に3億ドル超、4月4日には20億ドル超の元本償還が控えているからだ。現在のロシア政府の支払い能力はかつてに比べて高いとされているが、ウクライナ侵攻で科された欧米諸国の制裁により、経済は今後じり貧になる可能性が高い。

 国際銀行間通信協会(SWIFT)は12日、「国境を越えた送金業務に必要となる同協会の情報システムからロシアの大手7銀行グループを排除した」と発表した。これにより排除されたロシアの銀行は国際的な送金を迅速に行うことが困難となる。欧米諸国の経済制裁による貿易制限のせいで経常収支などの悪化が見込まれることから、ロシア政府は海外への資金流出を防ぐ資本規制を強めており、現下のロシア経済は世界の金融市場から実質的に切り離されてしまったといっても過言ではない。

 1998年にロシア国債がデフォルトした際、借金をしてまでロシア国債を大量に購入していた米国のヘッジファンドLTCMが破綻に追い込まれ、金融不安を引き起こしたが、今回はどうなるのだろうか。国際通貨基金(IMF)は13日、「ロシアがデフォルトを引き起こしても、世界的な金融危機をもたらすことはない」との見方を示した。海外投資家が保有するロシア国債の残高は約200億ドルであり、金融システムへの影響は限られるというのがその理由だ。

金融分野における大量兵器

 そもそもロシアがデフォルトの危機に追い込まれてしまったのは、欧米諸国が同国の外貨準備を凍結したことに起因している。シルアノフ財務相は13日、「外貨準備の凍結が解除されれば外国の債権者に対する支払いを履行する用意があるが、米連邦準備制度理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)が凍結したことにより外貨準備の約半分(約3000億ドル)が引き出せなくなってしまった」と述べていた。ロシアの外貨準備高は約6400億ドルに上るが、昨年6月時点の外貨準備全体に占めるドル建ての割合は16%、ユーロ建ては32%だ。

 ロシアはSWIFTの制裁を覚悟していたかもしれないが、自国の中央銀行の外貨準備が凍結されることまでは想定していなかっただろう。外貨準備の凍結は「金融分野における大量兵器」と呼ばれ、ロシア経済に大打撃を与えることは間違いない。一方、金融関係者から「現在の国際通貨システムの信認を毀損することにつながりかねない危険な行為だ」との声が上がっていることも気がかりだ。

世界的インフレを招く懸念も

 これを理解するためには、戦後の国際通貨システムの歴史を振り返る必要がある。戦後の国際通貨システムは、第2次世界大戦後期の1944年に締結されたブレトン・ウッズ協定が始まりだ。金1オンスの価格を35米ドルと定め、他国の通貨を米ドルに対して固定することで大戦後の国際通貨システムの安定を図った。

 1960年代に入り米国の貿易赤字が深刻化し、米ドルの価値下落に歯止めがかからなくなったことから、ニクソン大統領は1971年に米ドルと金の交換停止の発表を余儀なくされ(ニクソン・ショック)、ブレトン・ウッズ体制は幕を閉じた。国際通貨システムの動揺は深刻なインフレを引き起こした。インフレを抑制するために政策金利が大幅に引き上げられたため、米国をはじめ世界各国はスタグフレーション(不景気下の物価高)という未曾有の危機に陥った。

 1990年代以降、冷戦の勝利者となった米国が圧倒的な国力を背景に「世界の警察官」として世界のエネルギーや食料などの安定供給を保証したことから、米ドルへの信認が高まった。米ドルは決済通貨の地位を不動のものにし、価値の保蔵手段として国際的に認められるようになった。米国と敵対する国々でも米ドルは深く浸透した。

 2014年にロシアがクリミアを併合した際、オバマ大統領は外貨準備の凍結をロシアへの制裁として活用することを検討したが、「国際通貨システムに与える悪影響があまりにも大きい」との理由で実施しなかった。FRBがロシア政府の外貨準備を凍結すれば「米ドルはいざというときに使えなくなる」との懸念が広まり、基軸通貨の核心的な要件である価値保蔵の手段としての信用が毀損してしまうことを恐れたからだとされている。

 オバマ政権で副大統領を務めていたバイデン大統領が、外貨準備の凍結という禁じ手を打った影響が早くも出てきている。サウジアラビアは3月に入り、中国との石油取引を人民元建てで行うための作業を急ピッチで進めていることが明らかになった(3月15日付けの米ウォール・ストリート・ジャーナル)。人権面で米国から批判されているサウジアラビアは、ロシアのように自国の外貨準備が凍結されることを恐れて、米ドル依存からの脱却を図る手段を真剣に検討しているのだろうが、このような動きが米国との関係で問題を抱える各国で広がっていけば、米ドルへの信認を基盤とする現在の国際通貨システムが揺らぎ、世界経済は1970年代のようなインフレに悩まされるのではないだろうか。

 ロシアの外貨準備の凍結が、ニクソン・ショックに匹敵するバイデン・ショックにならないことを祈るばかりだ。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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