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藤和彦「日本と世界の先を読む」

米国「内戦」勃発が現実味、トランプ捜査で…ベトナム戦争時より国内分断が深刻

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
米国ホワイトハウスのHPより
米国ホワイトハウスのHPより

 11月の中間選挙を前に米国で再び政治的緊張が高まっている。米連邦捜査局(FBI)が8月8日にトランプ前大統領の邸宅を家宅捜索したことに、野党の共和党が「司法の政治利用だ」と猛反発している。FBIが捜索したのはトランプ氏がフロリダ州に所有する邸宅「マール・ア・ラーゴ」、大統領在任中に扱った機密文書をホワイトハウスから持ち出した疑いが浮上している。

 トランプ氏が実際に機密文書を持ち出していれば、大統領記録法スパイ活動防止法などの違反となる。トランプ氏は「すべて機密を解除していた」と主張しているが、有罪が確定すれば、連邦政府のいかなる役職にも就く資格を失うことになる。トランプ氏は8日の声明で「民主党リベラル派の攻撃だ」と主張、共和党もトランプ氏支持で一枚岩となっている。猛烈な支持層からは「トランプ氏に対する攻撃は、真の米国人の愛国心に対する攻撃だ」との怒りの声が湧き上がっている。

 専門家は「中間選挙を前に米国で政治的暴力が増加するだろう」と懸念している。先進国のなかで突出して暴力事件が多い米国では近年、政治的暴力事件も多発するようになっており、昨年1月6日の連邦議会への乱入事件がその最たる例だ。「政治的暴力が蔓延する背景には共和党の一部に暴力を積極的に利用する傾向がある」との指摘がある。米国で政治的な嵐が吹き荒れる中、気になるのはトランプ氏の支持者の間で内戦を求める声が強まっていることだ。今回の騒動が米国での内戦勃発の引き金になってしまう可能性はあるのだろうか。

アノクラシー

 民主主義の麻痺がしばしば指摘されるようになった米国で「内戦のリスクが高まっている」と警告する専門家がいる。今年1月に『内戦はこうやって始まる』を上梓したカリフォリニア大学政治学部のバーバラ・ウォルター教授は「現在の米国は過去の内戦の事例を分析した結果からみて、最も内戦が起きやすい国の1つだ」と主張する。内戦は一つひとつに固有の事情があると考えられてきたが、ウォルター氏は過去30年間に起きた内戦を様々な指標(貧困や所得格差、宗教や民族の多様性など30以上に及ぶ)で分析した結果、2つの共通点を見つけ出した。

 ウォルター氏が最初に挙げる共通点は「アノクラシー」だ。アノクラシーとは「その国がどのくらい民主的か」を測る指標のことだが、ウォルター氏によれば、民主主義が後退している国で最も内戦が起きやすいという。政府に正当性が感じられず、人々が政府に対し強烈な不満を抱くからだ。ギャラップが実施した6月の調査によれば、米国の有権者の議会や大統領に関する満足度は、1974年以降の中間選挙の年の平均を10ポイント以上も下回っている。

 政府への不信が進む中でも国民の信頼を保ってきた司法にも逆風が吹き始めている。連邦最高裁判所が中絶の権利を認めない判断を下したことに6割の国民が否定的だ。ウォルター氏の主張を裏付ける世論調査も出ている。シカゴ大学が6月30日に公表した報告書によれば、過半数の米国民が「政府は腐敗しており、自分のような一般人に不利になるような政策を仕組んでいる」と回答しており、「それほど先ではない時点で市民が政府に対して武装蜂起する必要が出てくると思うか」という問いにイエスと回答した比率は28%に達したという。

 ウォルター氏が2番目に挙げるのは「アイデンテイテイーに基づく政治集団化」だ。民族や人種などに依拠した政治集団の間でしばしば深刻な対立が起きやすいからだ。ウォルター氏は「共和党が白人至上主義的な戦略を強化している」と指摘する。なかでもトランプ氏のことを「民族アントレプレナー」と称して警戒している。

 白人至上主義の思想は米国の中に常に存在してきたものの、エスタブリッシュメントによってこれまで社会の片隅に追いやられていた。だが、トランプ氏は政権の4年間で中南米からの移民流入に厳格な姿勢を示し、白人至上主義の思想を積極的に否定しなかったことから、今や共和党のメインストリームの思想に取り込まれてしまったというわけだ。ウォルター氏は「民族アントレプレナーの主張は一般の国民にまで広く浸透しつつある」と危惧の念を抱いている。

「指導者なき抵抗」

 今回の騒動に話を戻すと、トランプ氏の支持者が集まるSNSには当局への反発を示す暴力的な書き込み(「FBIを皆殺しにしろ」など)が相次いでおり、FBI捜査員協会が11日「捜査官への脅迫が急増している。法執行機関への暴力を助長するものであり、容認できない」と非難する声明を出す事態となっている。

 内戦といえば、19世紀半ばの南北戦争を想起しがちだが、ウォルター氏によれば、米国で今後起きるであろう内戦は「反乱」の様相を呈する可能性が高いという。米国のように強力な軍隊を擁する国では政府に反発する集団は複数に分かれ、強力な正規軍との直接対決を避けつつ、テロやゲリラ戦を展開し、インフラや民間人などソフトターゲットを標的にする傾向が高いというのがその理由だ。「指導者なき抵抗」と呼ばれるもので、泥沼の状態が長期化しやすい。

 国民の団結を訴えて選挙に勝利したバイデン大統領の下で、皮肉なことだが、米国の分裂状態はベトナム戦争時代より深刻になっているといっても過言ではない。「21世紀の米国で内戦など起こりえない」と高をくくってはいられなくなっている。「米国で今後内戦が発生する」と断言するつもりはないが、米国の深刻な分断状況をかんがみれば、今後最悪の事態が発生することも想定しておくべきではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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