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“受注すればするほど赤字”からの脱却…大手ゼネコン、コスト高でも過去最高益の理由

2025.11.17 2025.11.16 22:30 経済
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UnsplashSe. Tsuchiyaが撮影した写真

●この記事のポイント
・大手ゼネコンが資材高騰下でも最高益を更新。需要の強さと契約見直しにより、利益構造が大きく改善している。
・都市再開発や半導体工場の建設需要が追い風となり、ゼネコンが価格交渉力を高めたことで適正価格での受注が定着し始めた。
・技術の希少性と供給制約が交渉力を押し上げ、従来の“受注ほど赤字”の構造から脱却。業界は持続的収益体質へ転換している。

 大手ゼネコンが“受注すればするほど赤字になる”とさえ言われた従来の構造を脱し、コスト高の逆風下でも過去最高益を見込む企業が相次いでいる。鹿島建設は今期も高水準の増収増益を予想し、大成建設は純利益が前期比353%増という急回復を見込むなど、業界全体に明るい転換点が生まれている。背景には、建設需要の高止まりに加え、ゼネコン側が追加費用を正当な価格として請求できる契約構造へと踏み出した“静かな構造改革”がある。

●目次

コスト高のなかで建設業界が好調な理由

 建設業界の業績に明確な“復調”の兆しが出ている。大成建設と鹿島建設は、今年度の通期純利益が過去最高を更新する見込みと発表し、業界全体に追い風が吹く。大林組は今年度中間決算で純利益が前年同期比43%増、清水建設も4.3倍の大幅増益を記録するなど、主要各社が好調だ。

 実際、鹿島建設は2025年3月期の営業利益が前期比10%増を見込み、大成建設は営業利益が1201億円と前期比353%増を予想している。資材高騰や人件費上昇が続く環境にもかかわらず収益は改善し、業界にはこれまでにない明るさが生まれている。

 この動きが注目されるのは、建設業界が長年“コスト高と利益率低下”に悩まされ、経営構造の脆弱性が指摘されてきたためだ。大規模再開発や半導体工場建設など建設需要は旺盛である一方、資材価格の急騰、労務費の上昇、残業規制(2024年問題)など、利益を圧迫する要因が重なったことで、“業界全体が赤字体質に陥る可能性”さえ懸念されていた。

 こうした環境下で大手各社の利益が急回復していることは、単なる一時的な好況ではなく、業界全体の収益構造が転換しつつあることを意味する。これは不動産開発、都市政策、雇用構造にも大きな影響を与える重要な変化である。

(1)堅調な建設需要

 第一の要因は、国内外で建設需要が力強く推移していることだ。首都圏の大規模再開発、老朽化施設の建て替え、オフィスビルの複合開発など、都市インフラの再編が加速し、大型案件の進捗率が高まっている。また、半導体工場やデータセンターなどの企業投資が活発化し、民間工事の受注環境が改善した。

 公共投資も国土強靭化計画や防災・減災対策の継続により底堅く推移しており、売上高を押し上げている。さらに、海外事業の拡大も成長を下支えし、鹿島建設などは海外での受注増が全体の増収に寄与した。需要の強さは、利益構造の改革を後押しする前提条件となった。

(2)契約構造の転換

 次に、利益回復の核心となるのが“契約の見直し”だ。これまで建設会社は、納期延長や資材高騰によって追加工数が発生しても、受注側がそのコストを負担する慣行があった。しかし、需要が旺盛でゼネコンが案件を選別できる立場へと移行したことで、契約書に追加費用を請求できる条項を盛り込む動きが広まった。「正当なコストは正当に請求する」という、他業界では当たり前の仕組みが、建設業界にも広がり始めている。価格転嫁が進んだことで、採算性の改善が一気に進み、利益率が回復へと向かった。

(3)技術の希少性と供給制約

 さらに、ゼネコンの技術力とノウハウが“替えが利かない資産”として改めて評価され始めた点も見逃せない。超高層ビルや大規模再開発、医療施設、半導体工場など、複雑な工事を高い品質で遂行できる企業は限られている。こうした“技術の希少性”が供給制約を生み、結果としてゼネコン側の交渉力を高めた。

 加えて、2024年の働き方改革で残業規制が強化され、工期を無理に短縮できない状況が生まれたことで、企業は工事価格や追加費用に対して従来よりも現実的な判断を求められるようになった。これらの背景が、建設会社の適正価格要求を後押しし、収益構造の改善につながっている。

国際標準に近い取引構造へ変化

 これらの要因は独立して作用したわけではなく、相互に影響しながら業界の構造転換を促した。まず、堅調な建設需要が「受注を選ぶ余力」をゼネコンに与えた。その余力が契約交渉力を高め、追加費用を合理的に請求する土壌を整えた。

 さらに技術の希少性が供給制約を強め、ゼネコン側の価格決定力を実質的に押し上げた。この三つの要因が連動することで、業界は“利益を確保できる構造”へと移行しつつある。これまでのように、工事が進むほど赤字が膨らむ構造は後退し、「受注を適正価格で行う」という健全な経営の基盤が築かれつつある。

 過去の建設不況期と比較すると、現在の状況は明確に異なる。2000年代前半の建設不況では、建設会社が案件を確保するために価格競争が激化し、利益率が大幅に低下した。

 一方、現在は建設需要が高く、ゼネコンが案件を“選べる”状況があるため、不利な条件での受注を避けるという判断が可能になった。また欧米では、物価上昇に応じて請負金額を調整する“エスカレーション条項”が一般的だが、日本では未整備だった。現在、日本でも契約の見直しが進み、国際標準に近い取引構造がようやく形になりつつある。

 不動産コンサルタントの秋田智樹氏は、各社の業績に差が出た理由について次のように分析する。

「同じコスト高の環境下でも大手ゼネコンの業績に差が出たのは、各社が持つ“コスト増への対応力”と“事業ポートフォリオの構造”の違いが大きい。鹿島建設は高採算の非建設事業が好調で、コスト増を吸収できた。一方で清水建設や大成建設は建築事業の利益率悪化が響いた。今後は資材・労務費の上昇を請負金額にどう反映させるかが競争の分岐点になる」

 建設業界の経済を研究する佐藤健司氏は、業界全体を俯瞰しながら構造変化を指摘する。

「大手ゼネコンの業績は売上高が伸びる“増収”傾向が続く一方で、利益の面では各社に大きな差が生まれていた。背景には、堅調な需要に加え、資材価格や労務費の高騰が利益を圧迫していた二重構造がある。しかし、契約時の価格転嫁が進み始めたことで、数年前の受注で生じた採算悪化の負担が薄れつつある。利益率の改善は一過性ではなく、構造的な変化として定着する可能性が高い」

建設会社の利益体質の改善が業界全体に波及する可能性

 今後の展望としては、建設会社の利益体質の改善が業界全体に波及し、不動産開発プロジェクトの計画性が高まるとみられる。価格転嫁の制度化が進めば、工期遅延や資材高騰への耐性が強まり、適正価格での受注が一般化するだろう。

 また、手持ち工事高の高水準が続く中、ゼネコンは施工管理技術の高度化や、生産性を高めるデジタル技術の導入を一段と進めるとみられる。一方で、需給逼迫が続けば、開発計画の延期や工期の長期化が一部で発生する可能性もある。いずれにせよ、利益重視の経営への移行は、建設産業の持続性を高める重要なステップとなる。

 つまり、建設業界が逆風下でも過去最高益を更新したのは、旺盛な建設需要だけでなく、ゼネコン側が「適正価格で受注する」という健全な取引構造へと舵を切ったためだ。技術の希少性と供給制約が交渉力を高め、契約慣行の見直しが利益改善を後押ししている。

 従来の“受注すればするほど赤字”という構造から脱却しつつある今、建設業界は持続的な収益基盤を手に入れ、今後の都市づくりや産業基盤を支える重要な役割を果たす局面に入っていると言えるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)