クルマの電動化を駆け足で突き進める米テスラのコンパクトモデルが「モデル3」である。開発初期にはトラブルが多発し、生産計画が大きく遅れた。テスラ用のバッテリーの生産も間に合わず、事前に先行予約を済ませていた世界の顧客をイライラさせた。アメリカからのデリバリーが開始されてから、しばらくして日本導入。昨年、日本のユーザーに出回ったモデルである。
現車を前にして、我が眼を疑った。というのも、姿形はまごうことなきコンパクトセダンであり、テスラのデザインテイストに溢れている。だが、ドアを開けてコクピットに収まってみると、まるで自動車ショーに出展するモックアップモデルか、あるいはCG(コンピュータグラフィック)でこしらえただけのハリボテのような殺風景な景色が広がるのだ。
クルマには必ずあるスイッチ類が見当たらない。周囲を観察して、ようやくいくつかのスイッチを発見することができたのだが、ひとつはドア内張のパワーウインドースイッチであり、あとはコラム右側のシフトレバーと左側のウインカーレバーだけである。ステアリング上に小豆サイズの小さなスクロールがあるだけで、そのほかは何もない。エンジンの始動すら、方法がわからないのだ。
担当者からコクピットドリルを授かること30分。それでも、ようやく全貌が掴めただけ。それから3日間生活を共にしたのだが、それでも手足のように操作するには至らなかった。
そう、テスラはモデル3で、さらなるパソコン化を進めたのだと想像した。クレジットカードサイズのカードを所持していれば、クルマに近づくだけで開錠される。日本車のウインカーレバーのようなシフトレバーを下げれば、Dレンジにエンゲージされる。あとはアクセルペダルを踏み込めば、無音のまま動き出す。起動音もなく、パスワードも必要ないから、もはやパソコンより手軽である。
かといって、機能が減らされているわけではない。むしろ、既存の乗用車よりもたくさんの機能が備わっている。そしてそれらは、中央の巨大な15インチタッチ画面で操作することになるのだ。オーディオの選曲はもちろんのこと、音量の調整すらタッチパネルに集約されているのである。
ここで機能のすべてを紹介するのは無理がある。その気になれば参考書のように厚い取り扱い説明書が必要だからだ。空調コントロールやカーナビゲーションは当然のこととして、ほとんど自動運転を可能にするほどの360度監視センサーのアジャストや、車高調整、パワーモードの選定、あるいは回生ブレーキの効き具合……といった多機能は、パソコンの階層を巡るのと同じ要領である。
ちなみにモデル3の頭脳は、ネットでつながる米シリコンバレーから頻繁にアップデートされる。日々最新の頭脳に上書きされるのである。スイッチやレバーといった機械的な操作系は上書きができない。だからこそタブレットに集約しているのかもしれないと思った。
ただ、スマホを操作しながらのドライビングは危険であり禁止されているように、走行中に15インチタブレットを操作するのは危険な気がする。あきらかに意識が操作に向かうし、ブラインドタッチができないタブレットでは視線も釘付けになる。まして3日間を共にしても、まだまだ機能のわずかしか使いこなせていないというほどに多機能なのである。
それを承知でタブレット型に挑んだのは、テスラ社のクルマ電動化の狼煙なのだと思った。ちなみに、テスラの工場はシリコンバレーにある。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)